本書はいわば、母のさえずりを娘が丸ごと抱きしめ、肯定するまでの物語にして、〈あたしが日本人なら〉と自問した日々を雪穂が乗り越えるまでの記録でもある。
「このさえずりという表現が出てきた時は『やった!』と私も思いました!(笑い)ただし言葉は隙間だらけで豊饒で恣意性に富む分、権力と相性がいいのも確かです。桃嘉の祖父世代が戦後になって覚えた中国語より日本語の方が得意だったりするといった事実は直視しつつ、あの時代を生きた人は全員不幸だと決めつけるのも、逆に『日本のおかげだ』みたいに恩を着せるのも、私は両方、違うと思うのです」
なるほど私たちの日常は言葉以前の音や匂いや光が粒を成し、そんな形を持たないさえずりに耳を澄ますことは、この世界を少しは正しく、かつ楽しく、捉え直すことにも繋がるはずだ。
【プロフィール】
温又柔(おん・ゆうじゅう)/1980年台湾・台北市生まれ。台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで3歳から東京に育つ。法政大学国際文化学部卒。同大学院修士課程修了。2009年「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞しデビュー。2015年刊『台湾生まれ 日本語育ち』で第64回日本エッセイスト・クラブ賞、2017年「真ん中の子どもたち」が芥川賞候補に。他に『来福の家』『空港時光』『「国語」から旅立って』等。魯肉飯始め、本書の料理はどれも美味しそうだが、「実は私、料理は大の苦手で。でも美味しそうに書けているならよかった!(苦笑)」。150cm、O型。
●構成/橋本紀子 ●撮影/国府田利光
※週刊ポスト2020年10月9日号