1966年に胃がんの手術を受けるが、町子さんには病名は伏せられていた(C)長谷川町子美術館

 しかも町子さんは完璧主義者。「カツオの表情がちょっと気に食わない」とバイクの男性を待たせて、申し訳ないと思いながら描き直すこともしょっちゅうだったという。

 漫画のアイディア出しにも七転八倒していた。案を思いつくと2階から1階に下りてきて、まず家族に見せる。反応がよければ採用、イマイチであれば練り直す。繰り返される「儀式」が終わるまでは、邪魔をしてはいけないというピリピリした掟を、幼いたかこさんは誰にも言われないまま身につけた。

「中学生の頃、エプロン姿のお母さんがお菓子を出してくれるような友達の家に遊びに行って、“うちは普通の家庭じゃないんだな”と気づきました。常に自宅に会社の人が出入りしていて、仕事とプライベートの境目がありませんでした」(たかこさん)

 サザエさんのほのぼのとした食卓とは真逆だったというわけだ。なぜ町子さんは、そして長谷川家は、ここまで仕事に邁進したのだろうか。たかこさんは、「反骨精神ゆえの頑張りだったのではないか」と続ける。

「私は父を6才で亡くし、祖父は生まれる前に亡くなっていて、毬子(町子さんの姉)は戦争未亡人で町子は独身です。小学生の頃、父親がおらず女ばかりの家族で育つ子供を心配した母が児童心理士に相談したところ、『皆さんの行動や発言、考え方が極めて男性的です。だからお宅には父親がいないのではなく、母親がいない』と言われたそうです。

 確かにみんな、気質が男性的だった。いまも日本は男性社会ですが、当時はいま以上でした。その中で、『女ばかりだから、たいしたことはできないだろう』という世間の目を見返してやろうという、反骨精神があったんじゃないでしょうか」

 そうした反骨精神ゆえの格闘と仕事上の成功は、自立心を生んだ。

「いま思うと、町子を筆頭に家族が自立していて自己主張が強く、フェミニズムの先駆者でした。自分たちの生き方を選び、人に頼ることが嫌い。だから結婚か仕事かという問いはしなかったでしょう。私が最初の結婚に迷っているとき、町子が『うまくいかなかったら離婚して帰って来ればいいじゃない』と言ってくれたことをよく覚えています」(たかこさん)

 一方で、仕事を離れたところでは、おしゃれを楽しむ女性らしい一面もあった。

「普段、家で漫画を描いているときはひじの出たセーターに猫の毛だらけのスカート姿でしたが、外出するときはすごくおしゃれ。“年増のシンデレラみたい”と子供心に思っていました(笑い)。町子の洋服だんすにはフランス製の靴やオートクチュールのスーツやコートが並び、黒の桐だんすにはブローチやネックレスといった、色とりどりのアクセサリーが並んでいた」(たかこさん)

 自分にとって何が大切なのかを見極め、それに邁進しながら、ちゃんと息抜きになるような趣味も見つける。そんなふうに、“徹底して自分と向き合うこと”が、町子さんが楽しくおひとりさま生活を送ることができた理由かもしれない。

※女性セブン2020年10月22日号

姪のたかこさんは町子さんとの海外旅行がきっかけで、現在もパリに住む

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