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2020.10.19 07:00  NEWSポストセブン

リモート疲れは限界レベルに 「第3の居場所」探しが不可欠

原因は「対面型システム」にある

 会社にしても学校にしても、日本の組織は皆が一堂に会し、対面で仕事や学習をすることが前提になっている。ところがコロナウィルスは人びとが一堂に会すること、対面で活動することを許さない。この根本的な背反こそが仕事や学習にさまざまな支障をもたらし、ストレスや疲れを生む原因になっているといってよい。

日本の組織は「一堂に会する」システムが前提となっている

日本の組織は「一堂に会する」システムが前提となっている

 農業社会や工業社会では、生産性をあげるためみんなが集まって活動することが不可欠だった。抽象的に表現すれば、人間の行動と果たすべき機能(役割)を切り離すことができなかったわけである。

 組織の一員、集団の一員としての役割を果たすには、その場で一緒にいなければならなかったのだ。そして、わが国は有史以来、農業社会、工業社会で人々が生活を送り、発展を遂げてきた。

ポイントは「行動と機能」を分けること

 ところがIT革命によって切り開かれたポスト工業社会では、人間の行動と機能の切り離しが可能になった。インターネットを使えば、人々は一堂に会しなくてもチームの一員としての役割を果たすことができる。それがコロナ禍という突発的な環境変化とうまくマッチしたのである。

 リモートワークへの適応にも、その違いが表れている。工業社会の成功体験からなかなか抜け出せない伝統的な大企業では、社内のコミュニケーションや業務の運営に四苦八苦する姿が見られる。

 また一人ひとり仕事の分担がはっきり決められていないためアウトプットで評価することが難しく、従来どおり態度や行動で評価せざるを得ない。それが「四六時中監視されている」というストレスを与えることにもなる。

 一方、行動と機能を切り離している会社では、リモートワークのもとでも生産性が低下せず、社員の満足度も高いようだ。

 営業やプログラミングの仕事を任されている社員たちは、離れていてもチームワークに支障はないし、コロナ禍でも生活にほとんど変化はないという。また、以前から東京の会社に勤めながら実家のある大阪を拠点に取材活動をしている女性は、世間に在宅で過ごす人が増えたため、かえって仕事がしやすくなったと語る。

 大学もコロナ前からリモート講義が普及しているアメリカなどでは、学習上の戸惑いは少ないといわれる。しかも学校生活一色の日本と違って、海外では子どものころから地域のコミュニティやクラブ活動に関わっている。学外に友だちがたくさんいるので、大学に行けなくても孤立せずに済むのだ。

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