生身の人間の傷ついた心が丸ごとぶつけられる場だからこそ、電話を受ける側の心もすり減る。「北海道いのちの電話」事務局長の杉本明さんはこう話す。
「どれほど研修して、何年経験を積んでも、やはり心の澱はたまってくるものです。相談員は相手に寄り添いすぎてつらくなったり、場合によっては、相手から心無い言葉を投げつけられたりすることがあります。ですから、『心の荷下ろし』という、理事長や専門職の先生が相談員と話をする時間をとっています」
延べ3000人の相談を受けてきたベテランの女性相談員は、「どんなに経験を重ねても、対応を間違えることもあるし、日々研鑽だという思いは養成研修時から変わらない」と話す。彼女には、繰り返し思い出す記憶がある。
東日本大震災のとき、妻と子供を亡くした男性が電話をかけてきた。経験談を聞いた相談員が、“それは本当につらいだろう”という思いから何気なく、「わかります」と相槌を打った瞬間、受話器の向こうから「何がわかると言うんだ!」という怒声が聞こえた。
精神科医の樺沢紫苑さんは、「追い詰められた心理状態の人は、自分を責めるか他人を責めるかのどちらかしかない」と指摘する。
「自責になればそのまま自殺してしまう可能性が高いが、他者への怒りの感情は必ずしも悪いことではない。感情を爆発させることはガス抜きにもなるし、感情的になるのはそれだけ本音を話せているということだともいえる」
この相談員が振り返る。
「男性のおっしゃる通りで、他人の人生のつらさが本当にわかるはずはないんです。しかし、私はそのときまで、相談者さんの人生をわかることこそが、相談の第一歩と思っていました。
男性に一喝されてからは、相手のつらさを自分が理解して納得するのではなく、わかりたいと思うことそのものが、そして寄り添おうとする姿勢が大事なのだと理解した。だからそれ以降、相談者が『つらい』と口にしたら『どれくらいつらいのですか?』と聞くようになりました。たんなる『わかる』ではなく、『私はあなたのことをわかりたいと思っています』と伝えるようにしたのです」
【相談窓口】
「日本いのちの電話」
ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)
フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)
※女性セブン2020年12月3日号