非核化の見返りを与え続けた過去の失敗
米国による先制攻撃が論議される中、粘り強い交渉の結果、「米朝枠組み合意」(1994年)に基づき、朝鮮半島エネルギー機構(KEDO)が発足した。これにより、北朝鮮の核開発問題は解決の道を進み始めたかに見えた。
KEDOは北朝鮮に黒鉛減速原子炉の建設凍結の見返りに100万キロワット級軽水炉2基を提供するもので、北朝鮮東部沿岸の咸鏡南道琴湖地区で建設工事を進めた。さらに、完成までの代替エネルギーとして毎年50万トンの重油を供給することなどを取り決めた。
しかし、もともと「米朝枠組み合意」には当初から多くの問題点が指摘されていた。核兵器製造のためのプルトニウム生産能力の凍結を優先するあまり、他の核計画の検証が行われなかったのだ。
それにもかかわらず不十分な検証のまま、見返りに年間50万トンの重油、軽水炉2基を約束してしまった。その軽水炉も全体の4割が完成していた。工事には約15億ドルが支出され、日本は4億ドルを融資した。
その一方で、北朝鮮は合意後の8年間、重油(軽質分が多いC重油)の供給を受けながら、秘密裏に核開発を着々と進め、2006年になって地下核実験にまでこぎつけた。つまり、米国は北朝鮮の核開発の猶予を与えるとともに、軍事転用可能な油を8年間にもわたり北朝鮮に供給していたことになる。
北朝鮮の非核化を進めるにあたっては、北朝鮮に何らかの見返りを与える必要がある。経済制裁の緩和が当面の見返りとなるだろうが、それ以上に重要なのは完璧な検証であろう。「米朝枠組み合意」で犯したような失敗は許されない。
しかし、検証には大きな壁がある。北朝鮮には膨大な数と規模の地下施設が存在するからだ。韓国国防部(国防省)によると、北朝鮮には8200の軍事関連の地下施設があり、これらの施設の総延長は547kmになる。これらすべてをどのように査察するのかが最大の課題となるだろう。