「医師になれば人並み以上に食べていける」
市役所を退職したY氏は、4か月ほどの受験勉強を経て、実家から通える場所にある国立大学の医学部に再入学した。
「最初の就職に失敗したので、東大卒の経歴も職歴もリセットすることにしました。同世代より出遅れてしまいましたから、法律関係か医療関係の資格を取って人生を巻き返そうと思って。弁護士は東大法学部卒の友人から資格保持者の急増で努力に見合わなくなってきていると聞いたので、医療関係の資格を取ることにしました」
簡単に「医学部への再入学」と口にしたY氏だが、実際、一度は東大に入った人間にとって、医学部に再入学するための受験勉強のハードルは、大学を選ばなければそれほど高くはない。国立大学でも、地方であれば東大の理科一類より偏差値が低いところはあるし、散々受験のテクニックを磨き、大抵の入試問題で出題者の意図まで見透かせるようになっている元東大生にとって、医学部の入学試験をパスすることはそれほど難しいことではないのだ。
東大入試の試験科目数の多さもアドバンテージとなる。東大の二次試験では、文系なら国語、地理・歴史(世界史B、日本史B、地理Bから2科目)、数学、外国語の試験が課される。また、理系なら、国語、数学、理科(物理、科学、生物、地学から2科目)、外国語だ。センター試験でも、文系は5教科8科目(または6教科8科目)、理系で5教科7科目が必須となっている。文系でも理科から2科目、理系でも地理・歴史・公民から1科目を受験しなくてはいけない。センター試験が共通テストに変わっても、この方針は踏襲されている。受験にこれだけの科目が必要となる大学は東大の他にはそうない。
医学部の受験には一般的に理科2科目が必要になるが、東大の理類に入った人間なら既に理科2科目は押さえてあるし、文類に入った人間もセンター試験(共通テスト)レベルの理科までならフォローできている。入学後に受験スキルをよっぽど錆び付かせていなければ、入りたい大学の赤本(過去問)を中心とする訓練で試験対策は済んでしまうのだ。
現にY氏は、志望校の過去問を10年分ほどやって出題傾向を確認したくらいで、特に受験対策に根を詰めることもなかったそうだ。基本的に勉強をしていれば心が落ち着いたようで、再び受験生となった日々は、市役所で働いていたときよりもずっと気が楽だったという。
「もはや東大卒の学歴など必要としませんから、ぼくにとって問題となるのは再入学する大学の授業料だけでした。授業料の安い国立大学であれば良くて、無理に東大や京大などの難関国立医大を受ける意味もありません。学歴も職歴もリセットすることになりますが、全国で医師不足が叫ばれていますし、医師になれば人並み以上には食べていけます」