リハビリとしてパソコンを買い、「どうせなら作家になろう」と決意。特にドフトエフスキーや鴎外作品の理不尽な何かとの鬩ぎ合いに背中を押されたという。
「例えば自分とは全然関係ない話なのになぜか万人に届き、訴える強さが、神話や御伽噺にはありますよね。私はいつも、そういう全てをねじ伏せる強靭さを物語に宿せたらと思っていて。
ほんわりやしんみりも含めて、身近でささやかな日常を描くのが上手な方もいますが、私は苦手なんです。だから、なるべく舞台設定のある大げさな物語にしようと。そこで繰り広げられる理不尽な何かとの闘いや、それでも何とか折り合いをつけて生きようとする人を、私は書いていきたいので」
遠田氏は彼ら姉弟を、自らの意志が介在しえない〈因果の奴隷〉として着想したといい、1人は飛び、1人は女形になった。が、伊吹が奴隷のままでいるか、慈丹たちと新たな絆に踏み出すか、選択権は彼自身にあること。また父の言葉に囚われた伊吹自身が誰かを傷つけ、加害者に反転しうることも、同時に描くのだ。
「私も性格的に被害者意識を募らせやすく、その点は肝に銘じているもので(笑い)。そして現実は誰の思い通りにもならない以上、8割不満でも2割いいことがあれば何とか生きられるくらいの解決を、作品的にも目指したいんだと思います」
芝居や作中に舞う永遠に溶けない〈紙雪〉のように、板の上にこそ成立する真実もある。人生の理不尽さを人々が繰り返し学び、心を寄せてきた物語の系譜に、また新たな1作が加わった。
【プロフィール】
遠田潤子(とおだ・じゅんこ)/1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒。2009年『月桃夜』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。2016年『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ文庫ベスト10」第1位、2017年『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶベスト10」第1位に選ばれ、同年『冬雷』で第1回未来屋小説大賞を受賞。日本推理作家協会賞(『冬雷』)や大藪賞(『ドライブインまほろば』)、直木賞(『銀花の蔵』)候補にも立て続いて名の挙がる注目の実力派。160cm、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2021年3月19・26日号