横綱になって初めての優勝に、柏戸は気持ちを抑え切れなかった。
「私がマイクを向けると横綱の顔から大粒の涙が溢れ、『ありがとうございます』と答えたきり声にならない。私もグッと来てしまい、結局、何十秒か無言のまま嗚咽を伝えただけで終わってしまいました。取組後、大鵬さんは『世間で大鵬時代といわれていたが、俺は慢心していた。大いに反省させられた』と打ち明けました」
優勝回数は大鵬の32回に対し柏戸は5回と開きがあるが、対戦成績は大鵬の21勝16敗と競っている。現役中は口もきかなかったという2人だが、引退後、互いへの感謝を語っている。
〈大鵬がいたお陰でここまで来られたって感じ。(中略)向こうは、オレがだらしないんで励みにもならなかっただろうけど(笑)〉(『相撲』1991年7月号)
〈よき目標であり、ライバルであり、友人であった柏戸さんに出会えて私は本当に幸せだった。あなたがいたからこそ大鵬があったと感謝している。最近も雑誌に「大鵬あっての柏戸」と書いてあったので「違います。柏戸あっての大鵬です」と訂正をお願いした〉(自著『巨人、大鵬、卵焼き』)
これぞ横綱の品格だ。
※週刊ポスト2021年4月16・23日号