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2021.04.21 16:00  女性セブン

松坂慶子の100才の母が大往生 “絶縁”を越えて自宅で看取るまで

1993年、娘・松坂慶子への「遺言」の出版会見。父・英明さんと母・つね子さん

1993年、娘・松坂慶子への「遺言」の出版会見。父・英明さんと母・つね子さん

「あの男は娘を利用している」

 松坂が両親と絶縁状態に陥ったのは、1991年、ジャズギタリストの高内春彦さん(66才)との結婚がきっかけだった。

「高内さんは松坂さんの2才年下で、当時は無名のミュージシャン。松坂さんの父・英明さん(享年85)は結婚に猛反対し、“慶子に寄生して、のうのうと生きている”“全部嘘。あの男は娘を利用しているだけ”などと高内さんを罵倒し続けました。当時は英明さんの手で実家の表札から『慶子』の名がドリルで削り取られたほどです」(当時を知る芸能関係者)

 しばらくは結婚を認めてもらおうと説得を試みた松坂だったが、あまりにも夫を悪く言う両親を許せず、1992年には絶縁を宣言。両親から逃れるように7年間を米国・ニューヨークで過ごした。親子の確執に変化が起きたのは2006年、英明さんが糖尿病を患い、寝たきりになったことがきっかけだった。

「松坂さんが英明さんの介護をするようになりましたが、高内さんと英明さんは和解することなく、2007年に英明さんが逝去した。その後は、高内さんも一緒になってつね子さんの面倒を見るようになったんです」(松坂の知人)

 2012年、松坂は一家揃って母がひとり暮らしをしていた冒頭の実家に引っ越し、家族ぐるみでの本格的な「同居介護」が始まった。

「当時、つね子さんは要介護3の認定を受けていて、認知症の進行も認められていた。自力で日常的な行動をとることができず、車椅子なしでは移動もできない状態でした。同居を始めた当初、松坂さんは着替えや食事など、日常生活のお世話を頑張りすぎたんでしょうね。介護サービスにも頼らずにひとりですべてを抱え込んでしまい、かなり疲弊していました。

 この頃は、ちょうど彼女が還暦を迎えた年で、体力面でも気力の面でも、若い頃のようにはいかなくなった。介護費用を捻出するためにも働かなくてはいけないけれど、介護のためには仕事をセーブするしかない……そんな葛藤に苦しむ状況が続いたようです。結局、1年半ほど仕事を休むことを余儀なくされました」(前出・松坂の知人)

 そんな松坂の苦境を救ったのは、夫・高内さんと子供たちだった。 

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