2009年に96歳で亡くなった俳優の森繁久彌さんは、若かりし頃、満州でアナウンサーをしていた。戦争で負けて引き揚げが始まったとき、今のお金で一人当たり6000円しか持つことができなかったという。

 6000円で戦後の人生をスタートした。だから、死ぬ時も6000円だけ持っていればいいと思っている、と言ったそうだ。だから、子どもたちに財産は残さない、とも。

 明快な生き方は、気持ちがせいせいする。

人生には、ゼロ地点を見つめ直すときが必要だ

 先ほどの「トップランナー」で、ぼくにインタビューしたのは野際陽子さんだった。その2年前に肺がんの手術を受け、抗がん剤治療をしていた。高田馬場にある、ぼくが代表をしているJIM-NETの事務所まで来てくれたが、階段を上るのも大変そうだった。

 それでも、インタビューは鋭く、あたたかく、ぼくがどんな地域医療作りをしてきたか、なぜ国際医療支援を続けているのか、そもそもどんな生い立ちか、深く切り込んできた。

 野際さんといえば、NHKアナウンサーから女優に転身したことで知られる。ドラマ「キイハンター」は、視聴率30%という今では考えられないような、お化け番組。その後も、説得力のある存在感で、息長く活躍した。

 おもしろいなと思ったのは、30歳の時、ソルボンヌ大学に留学していることだ。古典文学を学び、1年ほどして戻ってきた。長い人生のたった1年ではあるが、時間の長さ以上に意味があったのではないかと想像する。パソコンやスマートフォンの作動が遅くなったとき、一度、シャットダウンして再起動すると調子がよくなる。野際さんにとって、ソルボンヌ大学の留学は、そういう再起動のときだったのではないか。

 人生の途中で立ち止まって、自分のゼロ地点を確認したからこそ、その後、階段を上っていくことができるのだ。

すべての世代でコロナ不安が広がっている

 昨年春から続く新型コロナのパンデミック。世界中で生活が一変した。アメリカのインディアナ大学は、18~94歳の米国成人約1000人を調査したところ、32%にうつ症状が見られたと発表している。感染状況はアメリカほど深刻ではないが、日本にも不安は広がっている。

 国立成育医療研究センターの調査では中等度以上のうつ症状を示す子どもが、高校生で30%、中学生で24%、小学4~6年生で15%を占めていることがわかった。なかにはほぼ毎日という頻度で「死んだほうがいい」と思ったり、自傷行為をしようと思ったと答える子どももいるという。

 その保護者にも調査すると、保護者の29%に中等度以上のうつ症状が認められた。全世代に広がるうつ。心の不調は、だれもが抱える問題と考えていい。

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