遺品を整理することで自身の悲しみとも向き合ったことで、「改めて彼のことを知りたい」という思いが生まれ、鬱病に関する本を読み耽り、机の引き出しに入れた遺書の写しを繰り返し読んだ。そうした作業をするうち、あさのさんは「私は勘違いしているのではないか」と思うようになったという。
「それまで彼は身勝手に死を選んだと思っていたけど、鬱の関連書を読むうちに少しずつ“これは病気なんだ”と理解するようになりました。鬱状態の時の心の落ち込みは精神だけでなく、体も蝕むことを知ったんです。それに遺書を丹念に読むと、彼が一生懸命に病気と闘い、自分の心を浮上させようとしていたこともわかった。彼は決して死にたかったのではなく、すごく生きようとしていました。それでも鬱になると、たぶん人は本当にささいなことで発作的に死を選んでしまう。頭のなかは宇宙より広いと言われますが、ひとりの人間が死を選ぶ過程は、どれだけ他人が追いかけてもわからないものなのでしょう」
時間が経つとともに彼の置かれた状況を理解するようになったあさのさんは、自らの心と向き合い、旅立った彼への思いを『逝ってしまった君へ』という一冊にまとめた。この本は、彼に対して、また彼と同じように苦しむ人や、遺されて苦しむ人に向けられた「祈り」であるとともに、大切な人を突然失ったあさのさんがその死に戸惑い、悲嘆にくれ、もがきながら、新しい一歩を踏み出すまでのプロセスを描いた一冊だ。
悩みや苦しみは人それぞれで、軽々しく「これだ」と決めつけて助言することはできない。それでも、「彼に対して言いたかったことがあります」とあさのさんは語る。
「落ち込んでいると『私の周りには誰もいない。私は誰にも愛されていない』と思ってしまうけど、全然そんなことはないんです。誰も自分の背中を見ることができないように、あなたの人生の全貌は、あなた自身には決して見えません。それこそが希望なのだから、どんなときも落ち込む必要はなく、自分を追い込みすぎないでほしい――私はそう彼に伝えたかったけど間に合わなかった。だから本を通して、そんな思いがいま彼のように苦しんだり、悩んだりしている人に少しでも届くといいなと思います」
かけがえのない人との突然の別れにどう向き合うべきか。あさのさんが悲しみの果てにたどりついた言葉の数々は、そのひとつの道を照らしている。
◆プロフィール
あさのますみ。1977年秋田県生まれ。2007年『ちいさなボタン、ブッチ』にて第13回おひさま大賞童話部門最優秀賞を受賞。絵本作品に『アニマルバスとパンやさん』(こてらしほ/絵、ポプラ社)などがある。浅野真澄名義で『クローズアップ現代+』(NHK)のナレーションを務めるなど声優としても活躍。
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