談春の『百川』で仲入りとなり、再び高座に上がった王楽は『文七元結』を演じた。これまた談春の十八番であり、大ネタ中の大ネタだ。基本的には志ん朝の型を継承していたが、翌朝の長兵衛宅の喧嘩で女房が火鉢を持ち上げるという奇抜な展開が意表を突き、間髪入れず表で近江屋が「ここだな」と言う“間”の良さに笑った。娘が身を売った大事な金を見ず知らずの他人の命を救うために恵んでしまう長兵衛の行為を素直に“美談”と受け取れるのは、演者自身の素直な人柄ゆえだろう。
談春に倣った20周年イベントで気概を見せた王楽が、これをバネにどんな飛躍を見せ、どんな25周年、30周年を迎えるか。勝負はここからだ。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『21世紀落語史』(光文社新書)『落語は生きている』(ちくま文庫)など著書多数。
※週刊ポスト2021年8月13日号