そんなとき、瀬川さんと同じビルに入居する大衆居酒屋にも「キャンペーン」が利用できる旨のポスターが貼り出されているのを知った。店はかつて、反社会勢力に近しい人物が経営していると噂され、一般客はほとんど寄り付かないことで知られていた。そんな店を利用する客がいるのかと思っていたが、キャンペーン期間に突入すると、来店客が途切れない様子に驚かされた。
「店のサイトに掲載されていたその店の情報を見て、さらに驚きました。銀座の名店で修行した板前が在籍し、1万円以上するコースがあるとか、お酒だって、全国各地の入手が難しい地酒が多種用意されている、と謳っていたんです。グルメサイトの情報は以前のままに怪しい感じで、屋号もそのままでしたが、看板もいつの間にか新しくなっていて、Go To(イート)利用者と思われる客が、次々に店に入っていくのを見たんです」(瀬川さん)
キャンペーン客で店が賑わうようになるとすぐ、その店の評判は伝わってきた。実際に用意される料理も酒類も、グルメサイトにあるような充実ぶりとはかけ離れたものだったというのだ。結局、この居酒屋も先のA旅館と同様、高額な料理メニューをでっち上げ、割安感目当てで訪れた客から金を巻き上げていただけだった。
例えば、1万円のコースであればキャンペーンを利用して7千円程度になるのだが、そうしたメニューを頼んでも、実際にコースで出てくるのは、萎びた刺身に揚げてから何時間も経ったような、衣が蝋のように硬くなった天ぷら。1万円コースどころか、格安居酒屋でも出すのに躊躇するようなひどいものばかりだったという。当然、グルメサイトのクチコミには酷評の嵐が吹き荒れていた。
「店の外まで、客と店員が言い争う声が聞こえていました。店は以前、ぼったくりのようなこともやっていましたし、そうやって常に客を騙すことしかやっていなかった。その後、冬には屋号も変えたようですが、実態を知る客らが看板を変えても中身は変わらないとSNSで注意喚起をしたこともあり、経営者は夜逃げ。当時の客は不当だと訴えても相手が逃げてしまって結局、泣き寝入りだし、キャンペーンに使われた税金を食い物にしたようなものですよ」(瀬川さん)
筆者は何年も前に、全く同じような光景を目撃している。当時、客がとあるサイトに登録することで得られる「クーポン」を利用すれば、飲食店などで食事を割安で楽しめるサービスが林立していた。そのサービスが利用できるとうたった一部の飲食店が、やはり高額な「でっち上げメニュー」を提示し、客を騙していたのだ。例えば、クーポンを使うことで「5千円のものが3千円で食べられる」としていたが、5千円のものは最初から存在せず、元から存在した3千円のものを『割り引かれたお得なもの』として販売していたのだ。
もちろん当時にしろ、Go Toを悪用する事業者が存在した昨年にしろ、そうした行為に手を染めるのはごく一部の人々だ。だが、コロナ禍の終息ムードに沸く昨今、彼らが再び同じような行為に手を染めようと準備している可能性は高い。嫌な言い方だが、いったん人を騙して金儲けをした人たちの多くは、似た内容の騙し方を繰り返して再び金を得ようとしがちだからだ。
Go Toキャンペーンを計画的に悪用している事業者側の人たちに、客をもてなすこころなど皆無だろう。それどころか客の気持ちを踏み躙り、税金まで詐取しようという許されざる行為だが、証拠の保全が難しい状況と相手なので、客が彼らの悪意を立証することは極めて困難だ。結局、騙されて損害をかぶらされたと分かりながら、泣くしかないのは客だ。世情に流され、われ先にキャンペーンを利用したいという気持ちは理解できるが、冷静になることが、被害から免れる唯一の方法であることも改めて認識しておくべきだ。