昨秋の「Go Toイート」キャンペーンでは予約争奪になった店も少なくなかった(イメージ、時事通信フォト)
「だから驚いたんです。誰が経営しているのかも分からない。組合費も支払わず、村八分どころか余所者扱いで、営業しているかも分からないような旅館が、急に『高級旅館』を名乗りだしたんですから」(山口さん)
その答えは、それから程なく、意外な形で判明することになる。昨年の秋頃、山口さんの元にA旅館を利用したという客から「クレーム」の電話がかかってきたのだ。しかも一件ではなく、1日に何件も、である。
「おたくのエリアの旅館に宿泊したがあまりにもひどい、そんな電話でした。聞けば、その方が宿泊したのはA旅館で、ホームページや旅行サイトの写真とあまりにも違いすぎる、詐欺だ、と怒り狂っている。A旅館は組合員じゃないから分からないと言っても、みな興奮されていて話にならないんです。私の方からA旅館に電話しましたが埒があかず、尋ねてみても門前払い。何がどうなっているのかまったくわかりませんでした」(山口さん)
その後、山口さんや地元有志の調査の結果、A旅館がGo Toキャンペーンを悪用していた事実が判明した。もともと、素泊まりで5千円以下という観光客向けとは言い難い朽ちた施設を有し、出てくる食事といえば、長く保温して黄ばんでしまった白米と冷凍食品。だからこそ客も地元の人も、誰も寄り付かなかった。ところが、東京の自称「コンサル屋」を名乗る男のアドバイスで、コロナ禍にも関わらず急に業態転換を遂げたのだという。
「要はですね、Go Toの需要を見越して、ありもしないサービスを提供すると嘘を言って、客を取り込んでいたんです。キャンペーンを使えば、いつもの半額かそれ以下で宿泊できるわけですから、高いプランを用意した方が得だと。コンサル屋を自称する男からは、地域のいくつもの旅館やホテルにも営業の連絡が入っていたが、誰も取り合わなかった。A旅館だけは、その口車に乗ったんです」(山口さん)
A旅館が手を染めていたのは、高額な偽の宿泊プランを提示し客に利用させることだった。本来であれば5千円プラス貧相な食事代程度しかかからないはずのプランが、昨年の夏には3万円程度に跳ね上がっていた。Go To需要で有名観光地の宿泊施設が混み合い、あぶれた客を誘引、騙しにかかったのだ。もちろん、悪評はすぐに知れ渡り、ネット上には悪いクチコミが溢れた。
「地域の評判を落とすのでやめろと何度言っても聞いてくれない。経営者は見たことも聞いたこともない東京の人になっていて、悪意があることは明らかでした。A旅館は去年の年末頃にはまた廃墟みたいになっていて、破産管財人の名前が書かれた張り紙が貼ってありました」(山口さん)
Go ToトラベルだけでなくGo Toイートキャンペーンを悪用する事業者も、同じように暗躍していた。都内の飲食店チェーン幹部・瀬川悟さん(仮名・40代)が当時を振り返り、怒りをあらわにする。
「昨年夏に始まったGo Toは、飲食店事業者にとっては待望、起死回生のものでした。お客さんにとっても、3割程度お得に食事ができる事は魅力的だったようで、利用者の予約でうれしい悲鳴をあげていました」(瀬川さん)