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青木俊の新作ミステリー『逃げる女』 読者を欺くにはまず自分から

青木俊氏が新作を語る

青木俊氏が新作について語る

【著者インタビュー】青木俊氏/『逃げる女』/小学館/1760円

〈逃亡は最大の自白〉だと、司法の場では見なされるという。裁判を放棄する以上、警察も検察も判事も、自動的にそう判断しかねないと。にもかかわらず、警察から逃げて逃げて逃げまくるのが、青木俊著『逃げる女』の〈久野麻美〉だ。

 発端は2023年秋、札幌市北区で起きた元新聞記者〈名倉高史〉の殺害事件。独立し、帰札したフリーライターが撲殺され、自室を荒らされたこの事件では、名倉以外に7紋あった指紋の1つが、市内の興信所に勤める通報者・麻美のものと判明。捜査本部では彼女を早々に被疑者と特定するが、逮捕状の発付を待つ矢先、まんまと麻美に逃げられてしまうのだ。

 対してこれを追うのは、道警捜査一課のヒラ刑事で落としの名人ゴロさんこと〈生方吾郎〉50歳と、身長170cmの所轄の新米刑事〈溝口直子〉の凸凹コンビ。そもそも強引に身柄をとり、〈四十八時間以内に自白調書を巻く〉という上層部の方針自体、無理があるこの事件。読者は追う刑事たちと逃げる女の手に汗握る追跡劇の果てに、19年前に遡る驚くべき事件の背景を知り、イヤでも目を見開かされるはずだ。

 2016年の初小説『尖閣ゲーム』、そして翌2017年の話題作『潔白』と、メディアすら見落としがちな社会問題や今ここにある危機を、「一気読み必至なエンタメ小説」に仕立ててきた青木氏。

「とにかくゴリゴリ読めて、スリリングで、最後に1%問題提起のある小説。それが書きたくて、わざわざ僕は会社を辞めたわけです。

 それこそ中学生の時かな、自分でもこんな小説を書きたいと思ったF・フォーサイス『ジャッカルの日』の巻頭にこうあります。〈テーマは、使い古されてはいますが、いつも人間の心をとらえる、狩る者と狩られる者〉って。つまりドゴール大統領暗殺という道具立て以上に、暗殺者とそれを阻む者との相剋が、普遍的で人の心をとらえると彼は言っているわけです。今回の逃げる者と追う者の相剋のような普遍的装置と、今日的な問題意識とを融合させた、面白い小説を書くことが僕の本望なんです」

 名倉の葬儀場からタクシーに乗り込んだ麻美は、道中のコンビニでトイレに行くふりをして下車。通用口から待たせていた知人の車に乗り込むなど、用意周到この上ない。

 幼い頃に父親が失踪、母も早くに亡くし、道内有数の進学校を中退後も苦労続きだった麻美。そんな彼女を調査員として採用した左翼崩れの興信所所長は、〈麻美には不思議な本能がある。危険をかわす本能が〉と絶賛し、あの子は〈全部ひとりで呑み込んだ〉〈ここがいいのよ〉と頭を指さすのだった。

「舞台を北海道にしたのは、どうも僕は北方志向というのか、盟友の清水潔さんとシベリア鉄道に乗ったり、寒いところが単純に好きだからです(笑)。

 北海道は『潔白』の取材でも結構ウロウロしていて、〈道内から出すな〉と道警は躍起になるだろうし、その包囲網を抜けて道外に出る手段の選択肢的にも、逃亡劇には格好の舞台だと思えました。例えば札幌駅からでもJR、地下鉄、バス等々のうち、何を使ってどこに逃げるか、ルートは無数に考えられるわけです。

 もちろん道警側も陸海空の全てを潰しにかかるだろうし、特に今は〈顔認証システム〉で標的の移動情報も逐次手に入る。一方で配備には当然時差が生じます。全て封じたはずなのに、えっ、丘珠空港? あれっ、競馬場の放置自転車? とかね。そうやって警察が常に後手後手に回った結果、あと一歩というところで麻美に逃げられる過程がスリル満点に書ければ、残るのはその執念に見合うだけの動機を描き切ることだけでした」

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