読者を欺くにはまず自分から
札幌からは網走、釧路と流れ、女将が何も聞かずに雇ってくれた炉端焼き屋では生方らが踏み込む直前に脱出。その後も能力を全て駆使して逃げ回る麻美には、確かに相応の決意や目的があるはずだ。
ちなみに本作ではその目的も名倉殺しの真犯人も最後まで明かされず、なぜ麻美が葬儀場から逃げたのかも曖昧なまま物語は進む。仮に無実の罪から逃れるためだとしても、それだけでここまでの執念を持てるものだろうか。
「確かに自分のために逃げた部分もなくはない。ただ僕は彼女にもっと社会的で個人を超えた使命感を持ってほしかったし、特に今はそういうジェンダーレスで視野の広いヒロインが求められていると思うんです。
その使命が何かはネタバレになるので言えませんが、要はモリカケでも何でも、我々は真相がさして追及もされないまま闇に葬られ、あらゆるモヤモヤがモヤモヤなまま蓋をされる現実に慣れ過ぎちゃいないかと。
本書の生方も事件の背景を徹底的に暴くところまでは結局いけずにいる。それは現場の一刑事に解決できるような問題じゃないからで、巨大なモヤモヤは実在し、真相が100%明らかになることはないけれど、そのとば口までは行けるはず。モヤモヤが当然だといって諦めずに、突き詰めようとすることが大事なんです」
その成果を1つ1つ形にし、社会的に共有するしかない以上、小説や虚構にもできることはあるはずだと。
「延々説明されたらウンザリするような問題にさりげなく気づかせたり、本来は謹慎でも仕方ない生方たちをあえてとことん追わせ、清張作品みたいな昭和タイプの旅する刑事を、小説でなら書くこともできる。
僕自身は鉄チャンではないどころか、あまり鉄道には興味がない。でも、旅そのものは好きなので、麻美の逃走ルートは一通り取材しましたし、この通り逃げようと思ったら本当に逃げられるようには書いたつもりです(笑)」