2021年に上海で開催された中国家電見本市でハイアールはスマート家電のすべてをアプリでコントロールする世界初のシナリオブランド「三翼鳥(Three-winged Bird)」を展示した(CFoto/時事通信フォト)

2021年に上海で開催された中国家電見本市でハイアールはスマート家電のすべてをアプリでコントロールする世界初のシナリオブランド「三翼鳥(Three-winged Bird)」を展示した(CFoto/時事通信フォト)

井戸だって時間がかかる

 資源も乏しく経済的に厳しい日本だからこそ頭脳で食べていかなければならないし、頭脳で食べてきたはずだ。しかし技術は先に書いたように他国に流出し、中国で挙げるなら先に書いたようにハイアールが三洋電機を吸収して世界最大の白物家電メーカーとなり、マイディア(美的集団)は東芝の家電事業を、レノボ(聯想集団)はNECや富士通のパソコン部門を吸収して成長した。日本の新幹線は中国の新幹線として走り、日本の造船技術は中国のコンテナ船となって世界を駆け巡る。誰が売ったのか、誰が教えたのか、怒ったところでそれをしたのは私たちの国、日本である。

「はっきりいって、間抜けだと思います」

 これも「idiot」という言葉を使っていたが柔らかく「間抜け」と訳させてもらった(本来はもっと酷い)。実際そうだろう、中国や他国が悪いのではなく、日本が技術者や研究者、クリエイターを大事にすれば済む話だった。冷遇したあげくが、いまの体たらくである。筆者が貿易のルポルタージュで常に言及する「中国が気に入らないなら中国より金を出せばいい」と同様である。「中国(この場合は欧米も入るか)に手を貸してほしくなければ、中国(欧米)より厚遇すればいい」という単純な話だ。日中間の話になると愛国云々と威勢のいい方からご意見をいただくこともあるが、現実を直視しなければ差は広がるばかり、現に日本が理研から600人もの頭脳を流出させようとしているのだから。

「それにしてもなぜケチるのですか、優秀な人を安く使っているのだからそのまま使えばいいのに、辞めさせたりもする。優秀なんですから、いつ復活するかわかりませんし」

 素朴な疑問だがもっともな話、アメリカや中国は優秀な研究者なら金も環境も惜しまない。アメリカはともかく、中国は優秀でない人にはとことん冷たいが、優秀な人には十分な額と待遇を用意する。それが中共の手口だなんだと言う向きもあるだろうが、技術者、研究者、クリエイターからすれば金もケチれば待遇も環境もしょぼいところで成果を求められるよりはマシだ。理研の8割は非正規、もちろんフリーランス研究者の集合体と考えれば非正規でも構わないし、それをあえて選ぶ研究者もいるだろうが、仮に「いらなくなったら捨てられる」は中国も同じというなら、それこそ高額報酬のほうがいいのは当たり前だ。

「研究は結果がすぐ出るわけではありません。とくに基礎研究は百年かかるかもしれません。それでも国のためになるなら続けるべきでしょうし、必要な人はとっておくものです。井戸だって時間がかかるのです」

 中国人はよくこの井戸のたとえを出す。この「飲水思源」は漢詩の一節だが、確かに井戸はその位置を探して、掘って、古代中国なら何代にも渡ってようやく掘り当てることもあっただろう。しかしそれにより土地の人々は水に困らなくなる。それを忘れるな、と。もちろん解釈はさまざまだが、古くは日本人も長い年月をかけて現在の科学立国、技術立国を築いてきた。それがいつのまにか研究やものづくり、創作の現場に携わる人々がないがしろにされ、誰だかわからない何者かがその成果も利益もかすめ取るようになった。あげくにそれこそ現場が「idiot」(間抜け)呼ばわりされ、かすめ取る者はもちろん現場を操る立場の連中が賢いという扱いになってしまった。極端な言い方かもしれないが、日本の多くの現場に携わる最前線の人たちにとってこの言い方、それほど極端ではないだろう。

「雇うお金は安いのにお金を出さないで損をする。不思議です」

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