「休日は公園で、私の子供たちや近所の男の子のバッティングピッチャーを務めることもあります」
“老婆の死神”というインパクトたっぷりのキャラクターが登場する「死神婆(原題:死神)」は、試行錯誤を重ね、約10年かけて完成度を高めた意欲作だ。
さらに通好みの演目にも、細部まで練りに錬った大作が続く。
「冬限定の演目ですが、いま自分でも気に入っているのが『うどん屋と芸者(原題:うどん屋)』ですね。お勤め帰りの芸者がうどん屋でくっちゃべった後に、おばちゃんやいい女など、次々と女性がやってくる。ひと言でいえば、『女のクセのある部分を煮詰めたような噺』ですね(笑い)。ハマるかたはハマるようです」
そして、彼女が落語会でトリを務める際にも演じていた大切な演目を、あえて女性版に変えたという「不動坊 女版(原題:不動坊)」。
「男性の嫉妬の噺ですが、これで男性の噺家さんが爆笑をさらうのを聴くと、やっぱりかなわない。それにひけを取らないものを作り、自分の腕力で笑わせたいと、女性版を考えました」
女性版を作る際、ただ登場人物の性別を変えるだけでは成立しないという。
「30分のトリ級のネタだと、一から台本を作ります。時代背景に矛盾がないように調べますし、一度書き上げても、舞台で演じては修正を繰り返します。ものすごく大変ですが、ものすごく楽しいです」
落語家になると決めてから、一切迷いはないとも。
「26才のときに初めて落語を聴いて衝撃を受け、それが男性中心の芸能であることも重々承知のうえで、迷わず落語家になると決めました。心が震えるという体験を一度してしまうと、もう先に進むしかない。その後は、一切迷うことなく突き進んできました。
修業中の4年間は休みもなく、落語の稽古も半年に一度しかなく、ひたすら師匠宅の掃除、掃除、掃除……。いまもあかぎれの痕が残っています(笑い)。
前座時代は、『道灌』ばかりをひたすら100回、次は1000回とやり続けました。そのうち、ご隠居さんや八っつぁんが体にしみこみ、男性を演じることが怖くなくなりました。やっぱり基本は大事なんだと身をもって感じますね」
この体験があるからこそ、前例のない世界で進化を続けるのだろう。
目標は、90才まで高座に上がり、来世も女性噺家に生まれること。それまでに、女流版は落語のスタンダードになっているだろう。