ライフ

【逆説の日本史】国民の耳目を塞ぎ国家を破滅に追いやった二つの不幸な出来事

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

井沢元彦氏が語る「不幸な出来事」(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立III」、「国際連盟への道 その8」をお届けする(第1341回)。

 * * *
 幸徳秋水は、きわめて博学だった。ギリシャ・ローマは言うにおよばず古代中国の歴史にも詳しく、当時のヨーロッパやアメリカの国内情勢にも精通していた。したがって、その著作『廿世紀之怪物 帝國主義』では古今東西さまざまな事例を引きながら「愛国心」の正体に迫っている。近代史の事例としては、ボーア戦争からイギリスのピータールー事件、人物ではドイツの「鉄血宰相」ビスマルクやその主君であるウィルヘルム1世、2世、日本の政治家としては伊藤博文や山県有朋、さらにはシェークスピア劇の登場人物であるマクベスまで引き合いに出している。

 ピータールー事件というのは、一八一九年(文政2)にイギリスのマンチェスターで起こった事件で、当地のセント・ピーター教会前広場で民衆が当局の弾圧を受け、十一名の死者と多数の負傷者が出たというものである。そこでこの事件は、ナポレオン戦争のワーテルローにおける勝利をもじって「ピータールーの虐殺」と呼ばれた。民衆の強烈な皮肉である。そんな事件まで幸徳は詳しく知っていたのだ。そして愛国心に対する結論は、

〈自分を愛し、他人を憎め。同郷人を愛し、他郷人を憎め。神の守護する国(日本)や世界の中央に位置する文化国家(中国)を愛し、西洋人や辺境の異民族を憎め。愛すべき者のために憎むべき者を討つ。これを名づけて愛国心という。〉
(『二十世紀の怪物 帝国主義』幸徳秋水原著 山田博雄訳 光文社刊)

 そして幸徳はさらに続ける。

〈そうだとすれば、愛国主義はあわれむべき迷信ではないのか。迷信でなければ、いくさを好む心である。いくさを好む心でなければ、うぬぼれの強い、思い上がった自国の宣伝である。〉
(引用前掲書)

 では、幸徳は軍国主義についてはどのように分析したのか? 彼の立場はあくまで無政府主義である。つまり、国家というものを認めない。それゆえ「軍国」つまり国家が武装することについても、幸徳は完全に否定的である。軍備があるからこそ(それが抑止力になって)平和が保たれる、という考えについても欧米列強同士ならともかく、アジア、アフリカ諸国について見れば逆効果だ、と指摘する。

〈力の弱いアジアやアフリカのような国々に出くわせば、彼らはたちまち変わって、「帝国主義」の名において平和の攪乱者となる。現在の清国や南アフリカを見ればわかるだろう。要するにヨーロッパ諸国は武装にあくせくして、かろうじて消極的に平和を持ちこたえているにすぎない。そんな状態を、なぜ軍備を撤廃して積極的に平和を享受することよりもましだといえるのだろうか。〉
(引用同)

関連キーワード

関連記事

トピックス

神田沙也加さんはその短い生涯の幕を閉じた
《このタイミングで…》神田沙也加さん命日の直前に元恋人俳優がSNSで“ホストデビュー”を報告、松田聖子は「12月18日」を偲ぶ日に
NEWSポストセブン
(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
熱を帯びる「愛子天皇待望論」、オンライン署名は24才のお誕生日を節目に急増 過去に「愛子天皇は否定していない」と発言している高市早苗首相はどう動くのか 
女性セブン
「台湾有事」よりも先に「尖閣有事」が起きる可能性も(習近平氏/時事通信フォト)
《台湾有事より切迫》日中緊迫のなかで見逃せない「尖閣諸島」情勢 中国が台湾への軍事侵攻を考えるのであれば、「まず尖閣、そして南西諸島を制圧」の事態も視野
週刊ポスト
裁判が進むにつれ山上徹也被告にも徐々に変化があらわれたという(写真/共同通信社)
《引き金を引くことを生きる目的に》山上徹也被告が法廷で初めて感じた“安倍元首相の命を奪った”という強烈なリアリティー 鈴木エイト氏が傍聴席で見た“犯人の実像”
週刊ポスト
ハワイ別荘の裁判が長期化している(Instagram/時事通信フォト)
《大谷翔平のハワイ高級リゾート裁判が長期化》次回審理は来年2月のキャンプ中…原告側の要求が認められれば「ファミリーや家族との関係を暴露される」可能性も
NEWSポストセブン
今年6月に行われたソウル中心部でのデモの様子(共同通信社)
《韓国・過激なプラカードで反中》「習近平アウト」「中国共産党を拒否せよ!」20〜30代の「愛国青年」が集結する“China Out!デモ”の実態
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《自宅でしっぽりオフシーズン》大谷翔平と真美子さんが愛する“ケータリング寿司” 世界的シェフに見出す理想の夫婦像
NEWSポストセブン
山上徹也被告が法廷で語った“複雑な心境”とは
「迷惑になるので…」山上徹也被告が事件の直前「自民党と維新の議員」に期日前投票していた理由…語られた安倍元首相への“複雑な感情”【銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
お騒がせインフルエンサーのボニー・ブルー(時事通信フォト)
《潤滑ジェルや避妊具が押収されて…》バリ島で現地警察に拘束された英・金髪美女インフルエンサー(26) 撮影スタジオでは19歳の若者らも一緒だった
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(Instagramより)
「球場では見かけなかった…」山本由伸と“熱愛説”のモデル・Niki、バースデーの席にうつりこんだ“別のスポーツ”の存在【インスタでは圧巻の美脚を披露】
NEWSポストセブン
モンゴル訪問時の写真をご覧になる天皇皇后両陛下(写真/宮内庁提供 ) 
【祝・62才】皇后・雅子さま、幸せあふれる誕生日 ご家族と愛犬が揃った記念写真ほか、気品に満ちたお姿で振り返るバースデー 
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! プロ野球「給料ドロボー」ランキングほか
「週刊ポスト」本日発売! プロ野球「給料ドロボー」ランキングほか
NEWSポストセブン