神尾楓珠が起こした「奇跡」

助監督は、俳優の宮下涼太(右)が務めた

助監督は、俳優の宮下涼太(右)が務めた

 映画では、浅野さん――大義の心の動きと、周囲の人々の葛藤が丁寧に織り交ぜられ、見る者に「生きる」とはどういうことかを否応なく突きつける。2015年9月、大義にがんが判明。持ち前のポジティブさで一度は乗り越え、2016年7月には、先生から依頼された演奏会用の楽曲の作曲に着手する。しかし同年8月、脳へ転移。

 病魔とたたかう間にも、大義は〈自分の命は音楽を作るためにある〉と鍵盤に向かい続けた。楽曲の名は、『JASMINE』。「ジャスミン」はペルシャ語の「ヤースーミン」が語源とされ、〈神様からの贈り物〉という意味がある。大義にとって、贈り物は「今日という1日」のことだった。

 大義を演じる神尾は、ピアノはまったくの未経験。しかし秋山監督は実演奏にこだわり、神尾も猛練習を重ねた。映画では、大義が母親(尾野)に、作曲中の『JASMINE』を弾いて聴かせるシーンがあるが、一度きりの本番で、初めてノーミスだったという。

「上手いかどうかといわれたら、もしかするとそうではないかもしれない。でも、弾きたい、お母さんに聴かせたいっていう気持ちって、やっぱり実際に演奏しないと出ないと思ったんです。失敗したらそのまま使うつもりでした。それが、大義のそのときの“言葉”だから。何も〈上手くやること〉が正解ではなくて、この場合〈伝えること〉が正解だから」

 圧巻の演奏は空気を震わせ、スクリーンを超えて浅野さんの息遣いを感じさせる。神尾が直前まで苦戦し、ほとんど徹夜で練習していたことを知る現場は湧き、ひとつになった瞬間でもあった。

「生きる」ではなく、「生ききる」

試合のシーン。緻密なメモがぎっしり

試合のシーン。緻密なメモがぎっしり

 秋山監督は、撮影前に俳優やスタッフたちと綿密なコミュニケーションをとっておき、本番は「基本一発撮り」だというが、1シーンだけ、テイク20にも及んだ部分がある。脳転移後、肺に再発した大義が、恋人の前で「(死んだら)全部消えてしまう。なんにも、なくなっちゃう。俺が、なくなっちゃう……」と弱さをさらけ出すシーンだ。

 それまで「なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ!!」とやり場のない思いを叫ぶことがあっても、「逃げるな、自分から」と毅然と前を向いていた大義。その彼が初めて見せたむき出しの慟哭は生々しく、また誰しも一度は考えたことでありながら、普段はフタをしている奥底の魂を揺さぶる。

「病気に負けないとは言っても、死ぬのが怖いって当たり前の感情じゃないですか。そこを避けて通ったら、きっと何も伝わらない。その、“からっぽになる”ということへの怖さに対して、神尾くんがまだまだ出しきれる感じがあったんです。後から、“もっとできたはずだ”とか、やり残しを作りたくなかったんです」

 映画では、『熱闘甲子園』を経験した秋山監督だからこそ、細やかな光が当てられたシーンや人物も多い。例えば、部長の器なのか悩む女子。野球部だが、怪我をして自棄を起こす男子。大義の病に、「一緒に頑張ろう」と最期まで寄り添った医師。この映画は、それぞれがそれぞれの事情を抱えながら、大義を核としてつよくなっていく群像劇でもあるのだ。

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