その点、冒頭のAさんが通院するような駅前型の専門クリニックの場合、「事前の準備から、抗がん剤の点滴まで3~4時間。午前中に治療を受けて、午後から出社するサラリーマンもいます」(Aさん)という。前出の上氏が背景をこう語る。
「大病院はもともと外来はあまり利益が出ない。利幅が出るのが手術。そのため、外来は減らしたほうが収益は改善する。外科医に外来を診させるなら手術をさせたい構造がある。患者にすれば執刀医に診てもらいたいと思うものの、病院側からしたら、手術後の患者は地元に返したい。そこで、リタイアした勤務医などががんの専門クリニックを開業するといった流れが起きた。東京のように医師が多い都市部を中心にそうした選択と集中が行なわれていった」
厚労省はそうした事情をよく知っている。同省が昨年10月に診療報酬改定を審議する中央社会保険医療協議会に提出した資料にも、「悪性新生物(がん)の治療のため、仕事を持ちながら通院している者は増加傾向にある」として、2010年の32.5万人から2019年には44.8万人に増加したことが強調されている。
「病院が見つからない」
通院による化学療法のニーズがどんどん高まっているからこそ、制度変更によって治療継続が困難なクリニックが出てくることの影響を懸念する声があるわけだ。患者側のニーズを把握しながら、厚労省はなぜ、診療報酬改定で24時間相談体制を義務化したのか。
医療問題に詳しいジャーナリストの村上和巳氏は、前述の「免疫チェックポイント阻害薬」の普及がきっかけだと話す。
「免疫チェックポイント阻害薬は、がんに直接作用するのではなく、がんがストップさせている免疫の働きを活性化させるもの。間接的にがんを倒す薬ですが、大きな効果が見込める半面、投与すると自分の免疫が自分の身体を攻撃するという副作用が出ることがある。しかも、この副作用は多種多様で、いつ誰にどの副作用が出やすいかは今のところ全く不明で、手遅れになれば命にかかわることがある。この薬を使った治療を行なっている病院のなかには院内に対応チームをつくり、患者に緊急連絡先を渡して、“深夜でも連絡ください”と努力している病院もあるが、診療報酬に加算がなかった。そこで今回の改定で24時間相談体制を義務化することになった」
当然ながら、24時間体制の相談窓口があれば、治療を受ける患者にとっては安心である。新しい治療法の副作用リスクに向き合うためにコストをかけている医療機関が評価される仕組みにするという趣旨もうなずける。
一方で、専門家の間でも今回の改定に賛否が分かれているのは、化学療法を行なう全医療機関に一律に適用することで、患者が難局に直面するリスクがあるからだろう。
24時間対応ができない病院に通院している患者の“難民化”を懸念するのは、首都圏で化学療法のクリニックを経営する医師だ。
「化学療法といってもがんの種類によって専門科が違う。当院は主に悪性リンパ腫などの患者さんを扱っているが、最近、『治療してくれる病院が見つからない』と皮膚がんや肺がん、乳がんの患者さんが訪ねてくるようになりました。患者の難民化はすでに少しずつ起きています」