『東洋一の本』や『「日本の伝統」の正体』など、「私の本は面白いのになぜか売れなくて」と苦笑するが、その面白さがわかる人にはわかり、中でも故・大瀧詠一氏はよくメールで感想を寄せてくれたという。
「大瀧さんもパロディ好きのオマージュ好きだからか、私の仕事を気に入ってくれて。むろん私は彼のお笑い人脈の末席にいただけですが、大瀧さんのように神格化されがちなレジェンドの、こういう面もあるよねとか、加山雄三さんの〈真のアンコール〉の話とか、まさに『この話、したかな?』の集合体ですね、この本は」
人にはいろんな面がある。だから決めつけないし決めつけられたくもないという、絶妙なバランスの下に披露される逸話たちは、著者が最初期に手がけた伊藤蘭、松田聖子、沢田研二らスターの看板番組や、伊集院光、ウッチャンナンチャン、オードリー等々、今や人気者となった彼らに〈栴檀は双葉より芳し〉を嗅ぎ取った頃の話。腹話術師・いっこく堂の凄さや、あの横山やすしに『セーラー服と機関銃』の替え歌を歌わせたドラマの話まで、氏の主戦場がラジオだけに、近さや温もりを感じさせる。
「新人時代の聖子ちゃんの久留米弁が抜けず、プリンと発音できなかった話とか、陶磁器の本場・瀬戸出身の瀬戸朝香ちゃんが実家を出て、スヌーピーのマグカップを初めて買った時の話とか、本人も忘れているような話に、実は意味がある気がするんです。私も憶えようと意識して憶えてるわけじゃない。でも事実はどうあれ、その時そう聞いた私の中では、真実なんです」
そうやって各々は小さな断片を集め、時代なり人なりを複眼的に語れるフラットさも、複線主義の美点の1つだ。
【プロフィール】
藤井青銅(ふじい・せいどう)/1955年下関市生まれ。1979年に第1回「星新一ショートショートコンテスト」に入賞。以来、作家、脚本家、放送作家として活動し、『夜のドラマハウス』等で数百本ものラジオドラマを執筆。『オールナイトニッポン』など数々の人気番組の構成や腹話術師・いっこく堂の脚本演出を手がけ(デビュー当時)、現在も柳家花緑との47都道府県新作落語プロジェクト「d47落語会」が進行中。著書に『死人にシナチク』『一千一ギガ物語』等。176cm、64kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年7月1日号