奇しくもそのルール変更が行われたのは、羽生が4回転半への挑戦を公言した直後だった。ジャンプについては、ほかにも難題が生まれていた。技術点はジャンプ、スピンなど4つの項目について、技の難易度に応じた基礎点が設定され、そこに「GOE(出来栄え点)」が加味される仕組みになっている。
例えばジャンプでは「高さや距離」「踏み切り、着氷」など複数の項目をジャッジが判断し、GOEを決める。これは毎シーズンのように改定されており、このGOEが、さらに羽生を追い詰めた。
「2021年3月の世界選手権、4月の国別対抗戦では、フィギュアスケート関係者の間で、『羽生選手のジャンプのGOEが低すぎる』という声が多く聞こえていました。キャリアの晩年を迎えていた彼は、力を抜いてでも質の高いジャンプが披露できていました。しかし、過去の羽生選手の力強いジャンプが記憶に残っている審判団としては、それがいい印象に映らなかったようで、低い点数となったといわれています」(スポーツライター)
こうした本人にはどうしようもない環境の変化に、羽生自身、苦しみを感じていたようだ。冒頭のインタビューではこうも語っていた。
「自分がさらに努力してうまくなって次の試合に出たときに、点数が一向に上がらなくて『何でやっているんだろう』と思うことが正直ありました」
「キスアンドクライで昔みたいに無邪気に『やったー』と喜べる機会がなくなっていました。いろいろ苦しかったです」
4位で終わった今年の北京五輪後、世界中が羽生の動向に注目する中、 決定的な出来事が起きた。プロ転向を表明する約1か月前。ISU(国際スケート連盟)の総会で、演技構成点がこれまでの5項目から3項目に減少。減ったのは「技と技のつなぎ」と「音楽の解釈」で、羽生が最も得意とする2項目。羽生にとって不利なルール変更だと物議を醸した。
この決定で羽生は引退へと気持ちを固めたのかもしれない。冒頭のインタビューで、羽生が「早く引退しろと言われているのかな」と吐露した背景には、こうした採点システムに対する疑問の蓄積があったのだ。
羽生は2020年に早稲田大学人間科学部通信教育課程を卒業したが、その卒業論文のテーマは「AIによる自動採点」。現行の採点方法について《その試合の審判員の裁量に委ねられている部分が大きい》と、人間による採点の限界を示唆していた。こうした羽生の発言は、採点制度を司るISUに対する苦言とも取られかねない。
「もちろんそれは覚悟の上でしょう。プロへの転向、つまり競技者ではないので、ISUの顔色をうかがう必要もない。全面衝突も辞さない構えだと思います」(前出・スポーツライター)