ライフ

「低強度運動が脳を活性化」 運動生化学から見る“ストレス”“運動”“脳”の関係

運動も体内時計に影響(イメージ)

運動もストレス解消に有効(イメージ)

 嫌な出来事や人間関係などによる疲れ、イライラ、不安……。さまざまな原因で生じるのが「ストレス」。暗い話題が多かった今年、その頻度はより増えたのではないだろうか──。

 実は「ストレス」は、体にいいものでもあるという。そのメカニズムについて、筑波大学体育系教授の征矢英昭さんに聞いた。

「たとえばアスリートは『闘うか逃げるか』のストレス反応を利用してパフォーマンスを上げる。それは、サバンナの小動物がライオンから命がけで逃げるのと同じ動物的本能です」(征矢さん・以下同)

 危険を察知すると、脳の中程にある視床下部がストレスを感じ、成長ホルモンや生殖機能を調整、海馬や扁桃体が情動を記憶し、ストレスの危険度を判断する。そして、副腎(髄質)からはアドレナリンが分泌され、集中力を担う前頭前野が活性化し、認知機能や思考力、記憶力がアップして筋肉の活動を高め、いわゆる「火事場の馬鹿力」が発揮される。

「問題は、時間軸です。ストレスに晒される時間が短ければ体にもいいのですが、長期化してしまうと、免疫力が低下し、脳や心臓の機能が衰え、血管の弾力も失われ、やがてがんなどの疾患を招く。いま話題のワクチンも、ストレスを抱えた人は、そうでない人に比べて効きが悪いというデータもあります。ストレスが慢性化したときにうまく処理できないと、死を招く危険性もあるということです」

 さらに、メンタル面でのダメージも大きい。

「短期のストレスを受けたときにアドレナリンを分泌した副腎(皮質)から、今度はコルチゾールというホルモンが分泌されます。本来ならアトピー性皮膚炎などに使われる有益なホルモンですが、分泌が慢性化すると海馬などの脳細胞にダメージを与え、うつや気分の落ち込みの一因となります」

 ストレスには、物理的(温度や音)、化学的(化学物質)、生物的(細菌)、心理・社会的(人間関係)がある。現代人は心理・社会的なストレスが多いだろうと征矢さんは推察するが、運動もまた条件によりストレスになるという。

 期間の程度は個人差があるが、数か月以上不調が続く場合は何らかの対処が必要だ。

ごく軽い運動の奇跡

 征矢さんは、“低強度(ごく軽い)”のものが脳にどう効くのかという、世界でも最先端の研究を行っている。

「ストレスが慢性化した場合、脳では海馬とともに前頭前野(特に背外側部)がダメージを受け、うつ病などはこれらの脳部位の機能不全が原因ともいわれています。しかし、楽しい低強度運動を短時間行うことで、前頭前野や海馬が活性化され、気分と認知機能を改善できるのです。

 たとえば、動物研究におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の例として、ラットに繰り返し電気刺激を与える“侵害ストレス”を行うと恐怖を感じ動かなくなります(すくみ行動)。ところが、事前にスローランニング程度の低〜超低強度走運動を4週間行わせて同じストレスを与えた場合、すくみ行動時間が短縮するのです。その際、海馬で増加する神経栄養因子の作用が重要であることがわかりました。

 運動習慣により海馬の神経システムが変わることでストレスに対する抵抗力(レジリエンス)が高まる可能性が示唆されます」

 さらに、統合失調症を患った思春期のラットに同じ低強度運動を4週間行わせると、大人になってから病気の症状(陽性と陰性がある)がまったく発症しなかったという。

「軽い運動でも前頭前野が活性化され、このように効果があるということです。逆に、激しい運動はストレスになってしまうことも同じ実験でわかっています」

 征矢さんは、ストレスに負けず、意欲にあふれた毎日を過ごせる心身のバランスを「脳フィットネス」と定義する。

「脳フィットネスの状態になるには、持久力、認知力、ストレス対処力の3要素が必要です。それらを強化するには、楽しく続けられる低強度運動が最適なのです。

 運動の内容は、太極拳や柔軟体操など、体をほぐすものがいい。座りっぱなしの現代人は、体幹や肩甲骨まわりの筋肉が硬直化しているので、椅子や床に座り、直径26cmくらいのボールを尻に敷いて頭を動かさずに腰を振る運動(5分程度)がおすすめです。

『フリフリグッパー』

『フリフリグッパー』

 また、『フリフリグッパー』(絵)は、80代の母でもできる運動を想定して考案したもので、運動習慣がない人でもできると思います。好きな音楽をかけ、ゆっくりでもいいのでテンポよく動くことを意識してください。落ち込みがちな人でも、3分程度で気分が前向きになるはずです。

 私たちは、茨城県・利根町の高齢者を対象に、10年以上にわたって運動プログラムを行っています。フリフリグッパーを含め簡単な運動ばかりですが、10分程度でみなさん体温が上がって気持ちがよくなる。そして反応が早くなり、少なくとも前頭前野の機能や認知機能の増加がありました。

 大事なのは楽しむこと。気分が上がらないと脳の活動も上がらず、効果は半減します」

「運動」と聞くと、嫌いな人は即座に抵抗を感じるが、気分が上がる「脳フィットネス」なら試してみたくなる。

●フリフリグッパー

【1】足を腰幅に開き、背筋を伸ばしてつま先を内側に向ける。肩甲骨を寄せるように腕を横に開き、手はグッと握る。
【2】腰はひねらず、左右に大きく振りながらかかとを上げ、手をパーに開いて思い切り手を叩く。足踏みの要領で左右のかかとを上げ下げしながら、【1】と【2】をテンポよく繰り返す。体力に自信のない人は、椅子に座り、上半身のグッパーと腰を動かすだけでもOK。

【プロフィール】
医学博士・征矢英昭さん/筑波大学体育系教授 ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター長。専門はスポーツ神経科学。脳フィットネス理論を提唱し、低強度運動が脳にもたらす効果の研究で世界をリードしている。

取材・文/佐藤有栄 イラスト/オオノマサフミ

※女性セブン2022年12月8日号

関連記事

トピックス

荒川静香さん以来、約20年ぶりの金メダルを目指す坂本花織選手(写真/AFLO)
《2026年大予測》ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート 坂本花織選手、“りくりゅう”ペアなど日本の「メダル連発」に期待 浅田真央の動向にも注目
女性セブン
親子4人死亡の3日後、”5人目の遺体”が別のマンションで発見された
《中堅ゼネコン勤務の“27歳交際相手”は牛刀で刺殺》「赤い軽自動車で出かけていた」親子4人死亡事件の母親がみせていた“不可解な行動” 「長男と口元がそっくりの美人なお母さん」
NEWSポストセブン
舞台『シッダールタ』での草なぎ。東京・世田谷パブリックシアター(~2025年12月27日)、兵庫県立芸術文化センター(2026年1月10日~1月18日)にて上演(撮影・細野晋司)
《草なぎ剛のタフさとストイックさ》新幹線の車掌に始まり、悟りの境地にたどり着く舞台では立見席も
NEWSポストセブン
トランプ大統領もエスプタイン元被告との過去に親交があった1人(民主党より)
《電マ、ナースセットなど用途不明のグッズの数々》数千枚の写真が公開…10代女性らが被害に遭った“悪魔の館”で発見された数々の物品【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン
元交際相手の白井秀征容疑者(本人SNS)のストーカーに悩まされていた岡崎彩咲陽さん(親族提供)
《川崎・ストーカー殺人》「悔しくて寝られない夜が何度も…」岡崎彩咲陽さんの兄弟が被告の厳罰求める“追悼ライブ”に500人が集結、兄は「俺の自慢の妹だな!愛してる」と涙
NEWSポストセブン
「異物混入」問題のその後は…(時事通信フォト)
《ネズミ混入騒動》「すき家」の現役クルーが打ち明ける新たな“防止策”…冷蔵庫内にも監視カメラを設置に「なんだか疑われているような」
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《ハワイで白黒ペアルック》「大谷翔平さんですか?」に真美子さんは“余裕の対応”…ファンが投稿した「ファミリーの仲睦まじい姿」
NEWSポストセブン
赤穂市民病院が公式に「医療過誤」だと認めている手術は一件のみ(写真/イメージマート)
「階段に突き落とされた」「試験の邪魔をされた」 漫画『脳外科医 竹田くん』のモデルになった赤穂市民病院医療過誤騒動に関係した執刀医と上司の医師の間で繰り広げられた“泥沼告訴合戦”
NEWSポストセブン
被害を受けたジュフリー氏、エプスタイン元被告(時事通信フォト、司法省(DOJ)より)
《女性の体に「ロリータ」の書き込み…》10代少女ら被害に…アメリカ史上最も“闇深い”人身売買事件、新たな写真が公開「手首に何かを巻きつける」「不気味に笑う男」【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン
2025年はMLBのワールドシリーズで優勝。WBCでも優勝して、真の“世界一”を目指す(写真/AFLO)
《WBCで大谷翔平の二刀流の可能性は?》元祖WBC戦士・宮本慎也氏が展望「球数を制限しつつマウンドに立ってくれる」、連覇の可能性は50%
女性セブン
12月3日期間限定のスケートパークでオープニングセレモニーに登場した本田望結
《むっちりサンタ姿で登場》10キロ減量を報告した本田望結、ピッタリ衣装を着用した後にクリスマスディナーを“絶景レストラン”で堪能
NEWSポストセブン
日高氏が「未成年女性アイドルを深夜に自宅呼び出し」していたことがわかった
《本誌スクープで年内活動辞退》「未成年アイドルを深夜自宅呼び出し」SKY-HIは「猛省しております」と回答していた【各テレビ局も検証を求める声】
NEWSポストセブン