人間は様々な感染症とともに生きていかなければならない。だからこそ、ウイルスや菌についてもっと知っておきたい──。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、中世で黒死病と恐れられたペストについてお届けする。
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感染症の流行は時に社会や歴史を変えてきました。
中世で「黒死病」と恐れられたのが、1348年から数年間のペストの大流行でした。致死率の高い劇症性伝染病のペストは、当時のヨーロッパの人口1億人のうち3000万ともされる死者を出し、この悪疫で中世が終焉し、近世の扉が開かれたとされます。
当時、フィレンツェの住人でこの黒死病に遭遇したボッカチョは著書『デカメロン』に渦中の人々の生活を忠実に描写して残しています。教会のミサに参列した淑女が7人、誰が言い出すでもなくこの街を捨てて、どこか遠くに逃げようという話になり、教会に入ってきた紳士3人を誘って10人で一緒に暮らそうと旅立つことになる。虚実と艶話を交えて語られる物語は、ペスト流行の屈指の文献でもあります。
ペストは急性細菌感染症で、原因となるペスト菌はノミの腸管を恰好の棲み家として、自然界に生息しています。ノミの腸管内で増殖したペスト菌は、ノミが吸血した際に逆流して動物の体内に侵入、感染します。
特にネズミに寄生するケオピスネズミノミは他の種類のノミよりもペスト菌を媒介しやすく、野ネズミ、クマネズミなどは人の住む家屋を走り回るので、ペストノミを人の生活空間に撒き散らかして人とペスト菌の接点を作り出したのです。こうして、ペスト菌がヒトの皮下に侵入すると、1週間以内に高熱、激しい頭痛、めまい、随意筋麻痺を起こし、極度の虚脱と精神錯乱を生んで、脇の下や足の付け根にあるリンパ節が腫れ上がります。
ボッカチョによれば、「それが或る者には林檎くらいの大きさとなり、他の者では卵くらいの大きさ」で、ペストは瘤の病気と言われました。やがて皮膚に黒色、黒紫色の大きな斑点が現われ、これはペスト菌による敗血症の結果で末期症状なのですが、このような黒っぽい斑点が出て死に至ることから黒死病と呼ばれたのでした。