武道人気に国内外のギャップ
森脇は、子供の頃からチャンバラ映画やカンフー映画が好きだった。1993年にNHKに入局すると自身も武道を趣味で始め、1999年に中国の少林寺のドキュメンタリーを制作。そこで幼稚園児から大人まで、みんなが第2のリー・リンチェイ(ジェット・リー)になろうとひとつの町に数万人が武術専門学校に集まって修行している姿を見て衝撃を受けた。
そこで武術の奥深さと面白さを再認識した森脇は、前述のように2001年から配属された国際放送部門で海外の人に日本の情報を発信する番組を制作。その柱になると確信したのが「武道」だった。
実際、その予感は当たり、海外の人は日本の武道の情報に飢えていた。彼らは、単に強くなりたいとか護身に役立てたいといったことだけでは武道を見ていなかった。自分の今この瞬間の心や体の状態を見つめ直すマインドフルネスを目的としているように森脇は感じた。
「翻って日本のメディアの状況を見ると、様々な大会があるスポーツとしての武道は中継などで取り上げられることもあるんですけど、試合も何もない世界でひたすら自分と向き合うということを繰り返しているような武道は紹介されることがほとんどない。海外でやると喜ばれても、日本では需要があるとは言えないというギャップを感じていました。国内向けに何度も何度も企画の提案を出すんですけど、なかなか通らない。
唯一、2016年に『いま忍者 初見良昭八十四歳』という武神館の初見先生のドキュメンタリーを国内向けに放送できました。FBIやモサドも習いに来るおじいちゃんの達人が千葉の野田市にいるんだと。それを覗き見する感覚であれば、日本の人にも面白がってもらえるというのをやっとわかってもらえた。
1999年に少林寺をやって以来、2016年まで時間がかかってしまったわけですけど。それで編成の人とディスカッションをする中で、ストレートにドキュメンタリーとしてやるよりもトークバラエティをやってみないかといわれて、エンターテイメントを得意とする制作会社を紹介してもらって、総合演出の早川淳(キュリアスプロダクション)とフォーマットを一緒に考えていきました」
岡田准一も参加する“2時間2回の綿密な打ち合わせ”
取り上げる武術は、制作会社と森脇とのディスカッションで決めていく。それを踏まえた打ち合わせには岡田准一も参加する。
「我々も全力で構成台本を考えてお見せするわけですけど、いつもそれを上回るアイデアを出してくださいます。時には体を動かしながら。目の前にサンドバックやダミー人形があったりして、蹴り方や突き方を実演したりしてくれる。だから、こちらは岡田さんをがっかりさせないだけの取材をしなければとなる。非常にいいコラボレーションになっているのではないかと思います。必ず2時間×2回くらいの打ち合わせをして収録に臨んでいく感じですね。
制作会社の人たちは格闘技やプロレス、サブカルに強い人たちがそろっていて、私は古武術オタク。いい意味でそれぞれ違うアングルで、この人とこの人をぶつけたらどうなるんだろうという話をして化学反応が起きるんですけど、岡田さんは格闘技も古武術も精通しているのが稀有なところで、どちらにも目配りができていて、どちら側から聞いても『へえ!』となるようなアイデアを出してくださる。それが構成台本に加わることで番組が一気に生命を持ち始めるみたいなところがあります。『明鏡止水』がこうして喜んでいただけているのも岡田さんあってのことだと思います」
岡田は、「武術翻訳家」を名乗り、それぞれの流派の相違点などをわかりやすく解説している。それは単に技術面のみならず哲学的側面、文化的視点にまで及ぶ。
「どんな武術を取り上げると言っても、岡田さんはその武術をご存じなんですよ。単に名前を知っているとかのレベルではなく体の使い方を知っている。だから一段深い質問が出てくるんです。実際にその流派をやっている方が考えてもないような視点で分析されている場合もある。突き詰め方がスゴい。いろいろなベクトルで分析しまくっている。この番組を始めるまで自分は武術について詳しいと思っていましたが、岡田さんを見ていると、自分は甘いなって思います(笑)」