「それは犯人が違う」
強姦(夜這い)についての発言はなかったが、相手の名前を挙げていたのだった。となれば、いま郷集落で生き残っているカワムラさんは目の前にいる河村二次男さん、ひとりしかいない。いよいよ私は聞いた。
──戦時中は、河村さんのお父さんも兵隊に行かれていたんですか?
強姦魔は、徴兵忌避の男だったと記事にあったからだ。
「親父は、背が低すぎて(徴兵)検査に落ちたから兵隊にとられなかった」
なんと。忌避ではないが、河村さんの父親は戦争に行ってなかったのだという。では、河村さん自身は「父親による強姦」が原因で保見の兄にいじめられ、そのことを保見に言ったことがあるのか?
「バカ言っちゃいかん! そげなことはいまはじめて聞いた」
記事の存在を全く知らなかった河村さんは憤慨した。ここでようやく持ってきた記事のコピーを河村さんに見せながら、取材の目的を明かした。すると、しばらく記事を眺めていた河村さんはそこに載っていた「つけび」の貼り紙を指しながら驚くことを言ったのだ。
「これ、うちのうしろに火をつけられたことがあるんですよ。わしはそれじゃないかと思うんですよ。家の前に貼ってる。ここに火をつけて2、3日で貼っちょったね。家の一番よく見えるところに貼っちょった。下手くそな字でね」
そしてこう続けた。
「ぼくが思うに、それは犯人が違うと思うんや」
保見は事件の時に二軒の家に火を放ったとされているが、他にも火をつけるような村人がいたのか?
「うん、悪いやつおったんよ。それは他人から見たら、わしも悪いんかもしれんけど」
事件の痕跡を色濃く残した郷集落のたたずまいや、『魔女の宅急便』の屋根の変な家もあいまって、ガスストーブがついているのに、背筋がうすら寒くなってきた。
家を出る時に河村さんは表まで出てきて、見送ってくれた。ガレージの中にある物置のようなものはシイタケを乾燥させる機械だと教えてくれた。真新しい墓は、やはり聡子さんのものだった。