(時事通信フォト)

坂本龍一は反対を表明(時事通信フォト)

 果たして、小池都知事は記者会見で「事業者の明治神宮にも手紙を送られた方がいいじゃないでしょうか」と言い放ったそう。他人事のような返事に呆れるし、腹が立つ。なんという言い草だろうか。明治神宮外苑もそこにある樹木も、小池都知事の大好きな東京のすばらしい「レガシー」であるのに、それを破壊する許可を出しているのは東京都なのだ。闘病中の身でありながら自分の故郷である東京のことを考えて綴った手紙に対して真摯に向き合わないのは、何か後ろめたいことでもあるのかと勘ぐりたくなってしまう。

 坂本さんはインタビューで「樹々は差別なく万人に恩恵をもたらすが、開発は一部の既得権者と富裕層だけに恩恵をもたらす」と指摘している。

新国立競技場建設のために東京都は高さ制限を緩和

 明治神宮外苑のある地域は都の風致地区で、元々は高さ15メートルを超える建物の建築は制限されていた。しかし、東京オリンピックに向けて国立競技場を立て替えるため、2013年、東京都は高さ制限を一気に75メートルに緩和した。すると、ここぞとばかりにJOC(日本オリンピック委員会)が入るビルやホテルやらの高層ビルが建ち始めた。主役のはずの国立競技場は47メートルだが、周囲の九つの建築物はそれより高くなった。利権がらみで大量の逮捕者を出した東京オリンピックだが、改めて負の遺産が大きかったことを実感する。

 計画では、現在の神宮第二球場の場所にラグビー場を建設し、秩父宮ラグビー場の場所に新しい球場を建設することになる。すると、集客の見込める野球場は青山一丁目や外苑前の駅に近くなり、経済効果が期待できるのだという。その収益の大部分は明治神宮に入るのだとか。そんな大規模な工事をせず、老朽化した施設を改修して、大量の樹木の伐採をしなくて済む案を募れば、いいアイデアはきっと、いや絶対に出てくるはずだ。

 私は神奈川県の海沿いの街に住んでいて、以前はしょっちゅう東京で打ち合わせをしたりご飯を食べたり友達と会ったりしていた。しかし、最近、都心に出ると、空は狭いし、似たような高層ビルばかりでうんざりする。その度に智恵子抄の「あどけない話」を思い出してしまう。

 問題は樹木の伐採だけではない。どうして自らの歴史ある景観を大切にしないのだろうか。空をなくしてしまうのだろうか。東京をぴかぴかした大仰な高層ビルで埋め尽くしてしまって本当にいいのか。持続可能という時流とは真逆の街にしてしまって、後から後悔しないのだろうか。疑問ばかりが頭に浮かぶが、もう後戻りはできないのかも。

◆甘糟りり子(あまかす・りりこ)
1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊『バブル、盆に返らず』(光文社)では、バブルに沸いた当時の空気感を自身の体験を元に豊富なエピソードとともに綴っている。

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