「ホス狂い」の取材を続けるノンフィクションライターの宇都宮直子さん
橘:何年か介護して、亡くなった後に財産を相続すれば「おひとり様」でも安心、という。理想は『黄昏流星群』の恋愛かもしれないですが、現実には生き延びるための合理的な計算が徹底されていると思います。
米国で若い女性の「うつ病率」が急上昇中
宇都宮:だけどやっぱり、私が「ロマントピア」の住人だからかもしれませんが(笑い)、年を重ねてもそういう恋とか愛とか、ときめきがあるんじゃないかと希望をもってしまう。少し前に、高齢女性が高齢男性に売春をするクラブのようなものが摘発された、という事件があってその事件もすごく興味深かったんです。買いたいおじいちゃんはまだしも、「売りたいおばあちゃん」というのが存在するのか、と。寿命が延びたことで女性の性欲や恋愛もそれに比例するようなことって、生物学的にありえるのでしょうか?
橘:うーん……それは性欲ではなく、自分にはまだ価値があると認めてもらいたいんじゃないでしょうか。
宇都宮:つまり根底にあるのは、ホス狂いの子たちと同じ承認欲求ということですか? 最後に求められる自分でありたいという……。
橘:進化論の視点からいっても、閉経した女性が性欲を持っている意味はないですよね。そればかりか、アメリカの調査ですが、第一子を産んだ女性のじつに3割がセックスに興味を失っているそうです。性欲にはテストステロンというホルモンが影響しますが、男は精巣から大量のテストステロンが分泌されるのに対し、女も卵巣や副腎で産生され、月経周期によって変化しますが、その濃度は男の60分の1から100分の1とされていますし。
宇都宮:生物学的にみると、そうなのか……。
橘:セックスレスの夫婦の場合、妻は夫と性的関係がないことを問題と思わない。それでも一緒にセックスカウンセリングを受けに来るのは、夫にとって妻とのセックスレスが大問題だからです。「利己的な遺伝子」の目的が子孫を残すことなら、出産によって性欲がなくなるのは理にかなってますよね。余計なことに気を取られずに、子育てに専念できるわけですから。
宇都宮:老人ホームで恋愛沙汰、という話もよく聞きますがそれもきっと、「承認欲求」が根源にあるということですね。そう思うと、私たちは生まれてからずっとこの「承認欲求」に振り回されて生きることになるということになりますよね。それって、結構な地獄だし、何よりもいまはそれを満たすための手段も、それこそパパ活から高齢者売春まであらゆる方法があるからこそ、逆にやっかいですね。さっきの「自由恋愛」の話と一緒で、選択肢が多い自由な世界というのは、すごく不自由なのかもしれない。
橘:人類は「とてつもなくゆたかで、とてつもなく平和な社会」を実現し、誰もが「自分らしく」生きることを目指せるようになりましたが、それによってどんどん人生が複雑かつ困難になっている。それを加速するのがテクノロジーで、アメリカでは若い女性のうつ病率がものすごい勢いで上がっていいて、その原因はフェイスブックやインスタグラムなどのSNSで、同世代の(画像修正した)魅力的な女性と自分を比較するからだと言われています。
宇都宮:他人と比べて落ち込む、ってことでしょうね。自己表現を自由にできるようになったからこその弊害。いま自分が高校生とかだったら、かなりしんどいと思います。だけど不自由な時代に逆行するわけにいかないから……。
橘:もはやこの流れは変えられないから、なんとかこの「無理ゲー社会」でやって行くしかないですね。