王貞治、野村克也、門田博光…大打者たちの若手時代の苦労
王貞治は早稲田実業から巨人に入団した1959年、94試合に出場して7本塁打、25打点を残したものの、打率は1割6分1厘。72三振を喫し、スタンドからは「三振王!」とヤジが飛び交っていた。プロの壁にぶつかっていた王は、4年目に開花する。荒川博コーチとともに一本足打法を完成させ、前年から約3倍増の38本塁打で初の本塁打王を獲得。この年から13年連続でホームランキングを奪い続けた。
「歴代の偉大な選手を見れば、最初の苦労が結果的にプラスになっている。通算本塁打数歴代2位の野村克也さん(南海)は2年目に一軍出場がなくてオフに解雇されそうになっているし、歴代3位の門田博光さん(南海)は野村克也選手兼任監督にホームラン狙いのバッティングを直せと言われながらも、一発狙いを辞めなかった。長嶋茂雄さん(巨人)は1年目に二冠王を獲得していますが、デビュー戦で国鉄の金田正一投手に4三振を喫した。どの選手も屈辱をバネにしたり、反発心を抱いたりしながら成長してきた。佐藤はこの2年、厳しく接してくれる首脳陣もいなかったし、どこか甘やかされてきた面は否めない。岡田監督の二軍落ち指令は、佐藤が成長するチャンスなんですよ」
阪神はこの10年で2人の逸材が伸び悩んだ。投手では藤浪晋太郎が高卒1年目で10勝をマークし、3年連続2桁勝利を挙げた。打者ではが高山俊が大卒1年目に新人のシーズン安打の球団記録を作り、新人王を獲得した。しかし、2人ともルーキーの年に見せた輝きを徐々に失っていった。
「阪神は他球団以上に活躍すれば持て囃され、タニマチのような人たちも寄ってきやすい。特にホームランバッターとなると扱いが違う。阪神ファンは監督には厳しいが、選手には優しい面もある。そのような周囲の優しさに甘えてしまうと、伸びる素材も伸びなくなってしまう。
このままでは佐藤が藤浪や高山の二の舞になってしまう懸念もある。佐藤が時間にルーズなのは大学時代から変わらないですし、松井秀喜さんも若い頃からよく遅刻していた。それは大物の証とも言えますが、打ってるから許されるわけで、打たないと単にダメな社会人という烙印を押されるだけ。今回の二軍落ちを本人がどこまで真剣に捉え、野球と向き合っていけるか。代わりにサードに入った渡邉諒が3番に入って猛打賞を打っていますし、佐藤が最短の10日ですぐに一軍復帰できるとも限りませんよ」
歴代の大物選手はいずれも壁を乗り越えて成長してきた。佐藤はこの試練をプラスに変えられるか。