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【谷村新司さん哀悼秘話】抱えていた家族に関する苦悩 長男は消息不明、葬儀にも姿を見せなかった

ヒット曲をいくつも持つ谷村新司さん(写真/女性セブン)

ヒット曲をいくつも持つ谷村新司さん(写真/女性セブン)

 谷村新司さん(享年74)死去の知らせは、日本のみならず世界中を悲しみに包んだ。名曲を通して、多くの人に感動を届けた彼だったが、数年前まで仲睦まじかった子供たちとは最後まで心を通わせられなかったのかもしれない。「親が偉大だと子供は苦労する」と言うが、彼の場合は──。【前後編の後編。前編から読む

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 シンガーとしてもクリエーターとしてもその才能を大いに発揮し、また、人当たりも面倒見もよく、多くの人に慕われていた谷村さん。しかし──と谷村さんの知人は視線を落とす。

「家族については思い残すことだらけだと思います。どうしてこんなことになってしまったのか……」

 谷村さんは4人家族で、妻と2人の子供がいる。妻となる孝子さんと出会ったのは1975年頃。まだアリスがヒット曲に恵まれていない時期だった。

 谷村さんが仕事場へ向かう途中にある原宿のブティックで働いていたのが、5才年下の孝子さんだった。谷村さんはよくその店で買い物をしており、一目で彼女こそが運命の人だと信じたという。結婚のタイミングで受けたインタビューで彼は妻への第一印象をこう話している。

《なんていえばいいかなァ、言葉を探せば、肌が合うというか同じ匂いを感じ合えるということでした》(1977年・『週刊女性』)

 プロポーズは、出会って1週間後の初めてのデートのとき。それから2年半の交際を経て、谷村さんが憧れていた神戸の教会で結婚式を挙げて夫婦となった。

 この頃には谷村さんは地元大阪の人気深夜ラジオ番組『ヤングタウン』のパーソナリティーを務めるなど、存在感を発揮し始めていたが、その人気が絶対的なものとなったのは、結婚の約20日後に発売された『冬の稲妻』。孝子さんは谷村さんの“女神”となり、スターダムを駆け上がる彼を後押ししたのだ。

 結婚の翌年の1978年には長男、1980年には長女に恵まれる。父になることは谷村さんも強く望んでいたことだった。孝子さんは子育ての傍ら、谷村さんの事務所の社長として働くようになっていた。夫婦は子供たちに惜しみない愛情を注いだ。

「息子さんは小学校から青山学院に通い、娘さんも大学付属の幼稚園に入りました。谷村さんは、多感な時期に受験に時間を費やすのはもったいないという考えの持ち主で、小さいうちに道筋をつけてあげたいと考え、それを実践していたのです」(前出・谷村さんの知人)

 谷村さんの世代の男性としては珍しく子育てにも積極的にかかわり、忙しい合間に時間をつくり、授業参観や運動会にも足を運ぶ教育パパだったという。長男が中学生になると、男2人きりでの旅行を始めた。ちょうど、『サライ』が大ヒットした頃だ。行く先は国内で、3泊ほど。特別な会話をしなくても、心を通わせるのが目的だった。

「それくらいの年齢になれば、大人扱いをするべきだというのが谷村さんの持論でした。何年か経って、それが息子さんの思い出になっていればいいと笑っていました」(前出・谷村さんの知人)

 父親として全力を注ぐ谷村さんは、同時にミュージシャンとして海外のアーティストとコラボレーションをしたり、バラエティー番組の司会をしたりと多忙な日々を過ごす。そして、休止していたアリスとしての活動も再開し、コンサートツアーも行うが、2004年、帯状疱疹を発症する。55才のときだ。酷使してきた体がついに悲鳴を上げた。痛みに耐え、赤い発疹を包帯で隠してステージに上がる。そんな日々に終止符を打たせたのは妻の孝子さんだった。

「谷村さんに“一度、休んでみたら?”と、事務所の社長として、そして妻として提案したのです。谷村さんも素直にその言葉を受け入れ、すぐに休むことを決断したそうです」(前出・音楽関係者)

 ライフワークだったコンサートを休止した。

「それまで谷村さんはコンサートのため、1年のうち半分近くを地方で過ごしていました。外出の予定もぱたりとなくなり、突然、何もすることがなくなって、最初はとまどっていたようです。しかし徐々に、家族とゆっくり過ごす時間に喜びを感じるようになり、これこそが望んでいた暮らしだと気がついたようでした」(前出・音楽関係者)

 上海音楽学院から音楽を教えてほしいというオファーがあったのもこの頃だ。谷村さんは1か月の4分の1を上海で、残りを東京で過ごすという生活を始める。若い学生たちとの交流は、谷村さんがいつの間にか忘れていたものを思い出させてくれた。

 豪華なセットがなくても、歌いたければそこで歌えばいい。音楽にいちばん大切なのは、心。迷いなくそう思えたのは、一度、心以外のすべてを手放したからだった。そうした父の背中を見ていたのか、長女は谷村さんと同じシンガーの道を選ぶ。

「谷村さんは娘さんを溺愛していました。自分で自分の人生を決められる子で、会話がなくても心が通じ合うんだと、自慢げに話しているのを聞いたことがあります」(前出・音楽関係者)

 一方の長男は谷村さんの事務所のアートディレクターとして、CDジャケットのデザインなどを手掛けていた。2010年の長男の結婚式では、アリスのメンバーが『チャンピオン』を熱唱し、谷村さんは感涙にむせんだ。

「初孫が待ち遠しい、早く“じいじ”と呼ばれたいと言っていて、その願いはすぐに叶いました」(前出・谷村さんの知人)

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