定年後は仕事を離れて家にいる時間が長くなることで、些細なことで妻から注意を受ける機会も増すでしょう。トイレの使い方や汚れた衣類の扱い、ゴミの捨て方や片付けの仕方など……。妻の機嫌を取ろうと思って食器を洗ってみても、「やり方が違う」「汚れが落ちてない」などとかえって怒られたりします。そうしたことが積み重なった結果、「家には居場所がない」と訴える夫の話を聞くこともよくあります。
本来、夫婦ともに一番くつろげるはずの「家」にいることがつらくなってしまう──定年後にありがちな夫婦のトラブルの原因は、その距離が近くなりすぎてしまったせいだと私は考えます。相手の言動や機嫌を気にし過ぎるあまり、束縛し合うのかもしれません。視界に入る相手の存在が大き過ぎれば、欠点や失敗ばかりが目につき、夫のやることなすこと全てが妻の気に障るといった事態になることも容易に想像できます。
夫が仕事で家を空けていた時には気にならなかったとすれば、それは適度な距離を作れていたということ。定年後に相手への不満が気になりだしたのなら、お互いに「離れる」ことを意識する必要があります。妻が「友人とどこかに出かけたい」と外出してくれるなら、むしろそれはお互いにとってメリットが大きいと言えるでしょう。
夫婦がほどよい距離感を保つことが思秋期を迎えた夫婦には必要だと考えます。(了)
【プロフィール】
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、国際医療福祉大学大学院教授、ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。『80歳の壁』は2022年の年間ベストセラー総合第1位(トーハン・日販調べ)に。