自他を超えることに長けた日本人
「宇多野駅から徒歩8分の妙光寺と、鳴滝駅から徒歩15分の乾山の窯跡が、直線距離なら徒歩5分だなんて、私も歩いてみて初めて知ったんですよ。私は元々東京出身で、3・11の後に家族と兵庫県三田市に移り、念願の京都には3年前から住み始めたばかりなので。
色を入れる時もそうです。学術的な正しさを追求する研究者は顔料が特定できるまで色を差さないけれど、私はそこが青と推定できた時点で青を差しちゃうし、それを蝋燭一本の光で見た時に何が伝わってくるかを大事にしているんですね。そのせいか賛同者にもクリエーターの方が多く、その渾身の表現から何が伝わってくるかが、私にとってはその作品の真実なんです」
取材日も小林氏は国宝のレプリカ絵巻を2本携え、それを一場面ずつ、まるで〈アニメ〉のように楽しむ、貴重な体験をさせてくれた。
特に『平治物語絵巻』の三条河原の合戦では、赤い流し旗に促され、武将達の列を目で追うと、行き着くのは敵将の首を刎ねた者の首をさらに別の武将が狙う、〈盛者必衰〉を具現化したような地獄図。まさにそれこそが絵巻形式に仮託した作者のメッセージなのだと。
「私自身、命のバトンさえ渡せれば後悔しない彼らの無常観や、自分が生きてる間に結論を出さない感じが、わかり始めてようやくです。わびさびという言葉が腑に落ちるようになったのは。
そこから歌の中に複数の時空が共存する万葉の世界がわかり、物事を目の前の事実だけで判断せず、いい意味でフワッと生きられるのが日本人なんだと知った。わびさびも本来はその絵や物の前後にある時間を思い、慈しむ感覚を言うはずが、今は単にその方が渋いとか、便利使いしすぎですからね。
むしろ元々の色彩を再現し、本来の使い方をした方が、無常観がわびさびの母だということが理解できたり、自分を単位にすると幸せがすぐ行き止まりになるけど、昔は違ったんだとか、自他を超えることに長けた日本人に学ぶこともできるんです。人間学の資料として」
〈ああ、どの時代の人も、ホント、一所懸命生きて、死んでいったのだな。ただそれだけなのだな〉と書く著者が、最も大事にしているのが現代の感覚だという。確かに先人が託した思いを、今を生きる私達が生かしてこそ、国宝級の妙味は生まれる。
【プロフィール】
小林泰三(こばやし・たいぞう)/1966年東京都生まれ。学習院大学文学部美学美術史専攻卒業時に学芸員資格を取得。大日本印刷(現DNP)に入社後、美術品のデジタル復元に携わり、ハイビジョンアワード等で数々の賞を受賞。2004年独立し、小林美術科学を設立。美術品を往時により近い環境で楽しむ「賞道」を提唱し、NHK「日曜美術館」やWOWOW「美術のゲノム」等で話題に。著書は他に『日本の国宝、最初はこんな色だった』『誤解だらけの日本美術』等。173cm、63kg、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2024年2月2日号