本書でも花は白、葉は緑、蔓は金色の藤模様を反物に印刷し、その上に京刺繍の職人が当時の手法に則って刺繍を施した贅沢な打掛をカラーで披露している。
「面白いのは今の京刺繍と比べると桃山刺繍は裏側がスカスカで、一言で言えば〈おおざっぱ〉なんですよ。お願いした職人の方も言ってました、『私達、手が抜けないんです』って(笑)。
でもその大らかな作業を通じて当時の空気を感じられたことは凄く勉強になったともおっしゃっていて、私も作者の力がどこに入り、どこで抜けるかをトレースしながら、絵師と同じ空気を吸っているような錯覚に陥ることがよくあるんです。復元過程では筆遣いを一つ一つトレースしていくので、手を抜いた箇所や本人達が辿ってほしくない悩みまで辿ることになる。向こうもそりゃ何か囁いてきますよ、そこはやめろ~、とか(笑)」
そう。大事なのは体験なのだ。国宝を神棚に上げ、美術館で解説文だけ読んで帰るくらいなら、『高松塚古墳』の複製に横たわってみて、壁の飛鳥美人が死者にはどう見えるかを体感したり、絵巻物も本来の読み方をしてみませんかと、小林氏はごくフツウの提案をしているに過ぎない。
「そんな普通のことをなぜ誰もしてこなかったのか、私にはその方が不思議で」
例えば俵屋宗達版を尾形光琳が模し、その光琳版を酒井抱一が模写した3つの『風神雷神図屏風』の場合。光琳版は宗達版を紙で透き写したとしか思えないほど構図が重なり、しかも宗達版が奉納された妙光寺と、光琳の弟・乾山の鳴滝窯はごく近所にあった事実など、当時の人が〈べたべた触っていた証拠〉を、本書では図版や漫画も交えて謎解きさながらに検証していく。