宝塚に関しても私の一族はもともと関西出身で、祖父の妹つまり私にとって大叔母にあたる井澤雪子はタカラジェンヌで、名前にちなんで雪組にいた。伝説の大スター春日野八千代とは同期で、相手役を務めたこともあると聞いている。それもあってタカラジェンヌの知り合い(元タカラジェンヌと言うべきか)も結構いる。まあそういう人間だから「まるで素人」では無い。
ただ、この問題については自ら取材したわけでは無いので、あくまで私が知っている常識に基づく「推論」を述べておく。女優にとってもっとも大切なものが「顔」である。「女優の顔はいのち」だ。だから、それに触れる場合は細心の注意を払う。もっとも公演のときメイクアップルームは戦場のように混雑するらしいから、間違ってヘアアイロンで火傷することも無いではない。
そういう状況下で先輩が後輩に「ヘアアイロンを当ててあげる」のは通常は最大の好意と考えるべきなのだが、人間だから失敗することもあるだろう。では、そんなつもりは無いのに間違って後輩の顔に火傷を負わせてしまった場合、先輩はどうするか?
まず平身低頭して謝るだろう。相手が後輩であろうと関係無い。「いのち」を傷つけてしまったのだ、責任重大である。当然医師の面倒も見るだろうし、毎日メールを送ったり直接会ったりして、慰めたり勇気づけたりするだろう。では、もしそれをしなかったら、どうか? おわかりだろう、最初から「故意に傷つけるつもりだった」ということだ。
以上はあくまで「推論」であり、たとえば実際に調査に当たった弁護士が無能だ、などと言うつもりは無い。ただ、弁護士には土地取引の専門家もいれば離婚訴訟の専門家もいる。だから芸能界の常識をまったく知らない弁護士がいても無能と言うことにはならないが、そういう弁護士が調査すれば「疑わしきは罰せず」という大原則を杓子定規に当てるだけの結果に終わるだろう、ということだ。
また、芸能団体の幹部がそうした常識を知らないということはアメリカなどではあり得ないのだが、日本はそうで無い場合もある。では、どうすれば改善できるかもおわかりだろう。阪神球団と同じだということである。
このように、あたり前の話だが「すべての問題には歴史がある」のだ。次回からは、また大正初期の日本に戻ることにする。
(第1408回へ続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2024年2月9・16日号