ライフ

森見登美彦氏インタビュー「“日常を壊す虚無とお祭り状態”という生きることの両極はいつも意識して書いています」

森見登美彦氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

森見登美彦氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 タイトルは「冒険」でも「生還」でもなく、『シャーロック・ホームズの凱旋』。しかも本書のホームズ&ワトソンが拠点とするのは、ロンドンのベーカー街ならぬ〈ヴィクトリア朝京都〉の〈寺町通221B〉であり、作者もアーサー・コナン・ドイルではなく森見登美彦氏という、前代未聞のパスティーシュ、誕生である。

 さらに驚くべきは、かの切れ者で誇り高き名探偵が〈天から与えられた才能はどこへ消えた?〉と言って原因不明のスランプに陥り、事件に興味を失ってしまうこと! すると当然、彼と捜査を共にし、その顛末を『ストランド・マガジン』誌に発表してきたワトソン博士は何も書きようがなく、〈シャーロック・ホームズの沈黙は、ジョン・H・ワトソンの沈黙でもあった〉。

 本書はその1年余に亘る沈黙と凱旋までの舞台裏を後にワトソン博士が綴った手記の体裁をとり、それはあらゆる名バディ物の原型とされる彼らも経験したことのない〈非探偵小説的な冒険〉だったと博士は書く。……と、以上が大まかな設定だが、しかしなぜ今、森見さんがホームズ?

「うーん。なんでですかね。でも昔はよく子供向けのシリーズを借りて読んだり、大人になってからも短編を1本読んでから寝るとか、何度も繰り返し読んできたシリーズで、とにかくカッコよかったんですよ、ホームズが。原作はもちろん、個人的には両親が再放送を録画してよく観ていたジェレミー・ブレット版も印象深く、いつか自分でも書いてみたいと思ってはいた。

 ただ真面目な推理小説を書く自信はもちろんないし、どうしたら自分にもホームズが書けるかと考えた時に、ヴィクトリア朝京都という言葉がふと浮かんだんです。僕は結構『夜は短し歩けよ乙女』(2006年)とか、面白い言葉の組み合わせや語呂を先に思いつくことが多く、19世紀のロンドンみたいな京都にホームズとワトソンがいて、しかもスランプで謎が解けないことにすれば、ミステリーを書かずに済むかもなあと思って(笑)」(森見氏・以下「」内同)

〈なにゆえシャーロック・ホームズはスランプに陥ったのか──それこそ史上最大の難事件なんだよ〉。ホームズはそう言ってハドソン夫人所有の下宿にこもり、その上階ではあのモリアーティ教授までが不調に悩み、互いに傷をなめ合うなど、ここヴィクトリア朝京都にもおなじみの人物が続々と集合。脇役陣はむしろ原作より個性が際立つほどだ。

「原作では全ての悪を裏で操る宿敵のモリアーティがワトソンも嫉妬するくらいホームズと仲良くなったり、そこに彼らの不調の余波をもろに被ったレストレード警部までやってきて、寺町通221Bが〈負け犬同盟〉の巣窟と化すとか、みんなの中にあるイメージを面白く逆転させたかったんですね。

 ただ、ホームズが沈黙し、モリアーティ教授までダメとなると話が動かないので、その分、『ボヘミアの醜聞』でホームズを翻弄したアイリーン・アドラーや、『四人の署名』でワトソンと結婚したメアリ達には頑張ってもらいました。そんな腐れ大学生のホームズ版みたいな話になると思いきや、中盤以降は怪奇小説的で、全然違う話になっていくんです」

あわせて読みたい

関連記事

トピックス

優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン
遠藤敬・維新国対委員長に公金還流疑惑(時事通信フォト)
《自維連立のキーマンに重大疑惑》維新国対委員長の遠藤敬・首相補佐官に秘書給与800万円還流疑惑 元秘書の証言「振り込まれた給料の中から寄付する形だった」「いま考えるとどこかおかしい」
週刊ポスト
「交際関係とコーチ契約を解消する」と発表した都玲華(Getty Images)
女子ゴルフ・都玲華、30歳差コーチとの“禁断愛”に両親は複雑な思いか “さくらパパ”横峯良郎氏は「痛いほどわかる」「娘がこんなことになったらと考えると…」
週刊ポスト
素材はピカイチとされたが…
【オコエ瑠偉が巨人を電撃退団】「阿部監督一強体制」で反発は許されなかったか メジャー移籍は厳しい現実、“ランクを下げながら海外移籍を模索”のシナリオも
週刊ポスト
話題を呼んだ「金ピカ辰己」(時事通信フォト)
《オファーが来ない…楽天・辰己涼介の厳しいFA戦線》他球団が二の足を踏む「球場外の立ち振る舞い」「海外志向」 YouTuber妻は献身サポート
NEWSポストセブン
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
《高市首相の”台湾有事発言”で続く緊張》中国なしでも日本はやっていける? 元家電メーカー技術者「中国製なしなんて無理」「そもそも日本人が日本製を追いつめた」
NEWSポストセブン
海外セレブも愛用するアスレジャースタイル(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
「誰もが持っているものだから恥ずかしいとか思いません」日本の学生にも普及する“カタチが丸わかり”なアスレジャー オフィスでは? マナー講師が注意喚起「職種やTPOに合わせて」
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「旧統一教会から返金され30歳から毎月13万円を受け取り」「SNSの『お金配ります』投稿に応募…」山上徹也被告の“経済状況のリアル”【安倍元首相・銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《バリ島でへそ出しトップスで若者と密着》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)が現地警察に拘束されていた【海外メディアが一斉に報じる】
NEWSポストセブン
大谷が語った「遠征に行きたくない」の真意とは
《真美子さんとのリラックス空間》大谷翔平が「遠征に行きたくない」と語る“自宅の心地よさ”…外食はほとんどせず、自宅で節目に味わっていた「和の味覚」
NEWSポストセブン
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《約200枚の写真が一斉に》米・エプスタイン事件、未成年少女ら人身売買の“現場資料”を下院監視委員会が公開 「顧客リスト」開示に向けて前進か
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 維新の首相補佐官に「秘書給与ピンハネ」疑惑ほか
「週刊ポスト」本日発売! 維新の首相補佐官に「秘書給与ピンハネ」疑惑ほか
NEWSポストセブン