北村:僕にとっても初めての主演ドラマでしたから、特別な存在です。撮影自体は、物理的に「主演は本当に休めないんだな」って身をもって知りました(苦笑い)。ドラマの撮影で地方に滞在することがあれば、いつもならば飲みにも出歩くタイプです。ですが、尼崎ロケのときも、主演で息抜きをする余裕がなかった。それに、当時はコロナ禍で(※撮影は2021年初夏に行われた)、飲食店も夜8時以降は営業もしていなかったので、毎晩ホテルでお弁当の生活でした。
沖田:あのときは、わびしい夜が続きましたね。
北村:でも、ありがたい思い出もあります。『ムショぼけ』陣内のオカン役の末成(映薫)さん(77才)から、手作り弁当をいただいたことがあったんです。
沖田:そうでしたね。手作りの漬物とかが入っていて。
北村:「これ、食べ」って普通のプラスチック容器に入ったお弁当をもらって。最初は、どこかの弁当店で買われたものかなと思ったんです。撮影が終わって、ホテルの部屋に持ち帰って、ひとりで食べたんです。そこで初めて、「あれ? これって手作りだ」って気づいた。そうしたら、食べているうちにダァーって涙が流れてきまして(笑い)。
沖田:作品の中では、出所した陣内にオカンが手料理を振る舞うエピソードがありますが、それに重なるような話ですね。やっぱり、いまだに見直すと母と息子のシーンで泣けるんです。それらの芝居も、お二人のそんな関係性あってこそなんですね。
自分の地元の尼崎での撮影だったことも、印象深い。自分が小学生のころにラジオ体操をしていた公園が、思春期にはヤンチャな仲間たちのたまり場になったり…(苦笑い)。そして、40才を超えてから有名な俳優さんたちの撮影現場として、自分が見守る場所になった。「まさかこんな人生が待ってたとは…」と、不思議な気持ちでした。
この『ムショぼけ』の撮影をきっかけに、尼崎は映画やドラマをロケ地になっていったんですよ。この4月全国公開予定の映画『あまろっく』が撮影されたり、一昨年の長澤まさみさんのドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジテレビ系)のロケ地になりました。「ムショぼけ」放送直後から、尼崎市観光局はロケ地MAPを作ってるぐらいです(笑)。
北村:僕にとって『ムショぼけ』は、「やり遂げた」作品になりました。「おもしろかったよ」っていう声を聞くと、静かにこぶしを握ってしまうような。「(撮影の苦労が)報われた」と思えた作品です。
それまで脇役が多かった僕にとっては、「大チャンスをいただいたのだから、次につなげないと」と思ったのも事実です。だからこそ、この達成感はうれしかった。そして、これからまた脇役をやる際に、主役の方々からの景色もより理解した上で臨める。これは大きなことだと思っています。より広いスタンスで、演じることができていけそうです。