ライフ

【逆説の日本史・特別編】井沢元彦氏が映画『オッペンハイマー』を考える 「原爆投下が多くの人間の命を救った」という主張は無視してよい「言い訳」か?

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』。今回は特別編(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は特別編として、〈映画『オッペンハイマー』に寄せて〉をお届けする(第1416回)。

 * * *
 前号では、明治天皇が崩御し「大正」と改元された一九一二年(大正元)から、「対華二十一箇条」を袁世凱がしぶしぶ受け入れた一九一五年(大正4)までの「大正最初の四年間」について時系列を整理しておいた。本来ならば、引き続き大正初期の出来事について詳しく言及すべきなのだが、今回は少し趣向を変えて「特別編」とさせていただくことをお許し願いたい。なぜなら、週刊ポスト編集部から「いま話題のアメリカ映画『オッペンハイマー』について、思うところを書いて欲しい」との依頼があったからである。

 もちろん、私は映画評論家では無いので、編集部が求めるのはこの作品の背景にある原爆問題の歴史的解析、および現時点でこうした映画が作られた意義などを分析して欲しいということだろう。以下それを述べてみたい。

 さっそく鑑賞してきたので、まず最初に感想を述べよう。映画『オッペンハイマー』は、クリストファー・ノーランが監督・脚本・製作を務めている。原作はオッペンハイマーの伝記(カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン共著)で二〇〇六年のピュリッツァー賞受賞作なのだが、同じノーラン監督作品の『バットマン ビギンズ』で典型的な悪役を演じたキリアン・マーフィーが本作の主役であるオッペンハイマー役と知ったときは、正直大丈夫かなと危惧した。

 しかし、さすがアカデミー主演男優賞を獲るだけのことはある、と言っておこう。また、映画自体もノーラン監督独特の話があちこちに飛ぶ構成だが、観客はちゃんとついていける、これは脚本の妙だろう。

 さて、こうしたアメリカ製作による「原爆映画」に対して日本人が「本能的」に求めるのは、「アメリカ人は広島・長崎への原爆投下をどれだけ反省しているか?」だろう。たしかに、これは重要な視点であることは言うまでも無い。アメリカは原爆投下を正当化するために、さまざまな「努力」を積み重ねてきた。

 しかし、あの原爆投下、つまり人類始まって以来の爆発力を持ちすべてを破壊しつくす強力な爆弾を、一般人つまり非戦闘員も居住している都市に落とすことは「病院や学校や福祉施設への攻撃」の超拡大版であり、決して許されるべきことでは無い。アメリカはナチス・ドイツのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を徹底的に非難するが、じつは原爆投下は「ナチス・ドイツが数年かけてやった民族大虐殺をたったの一秒で実行した」のであり、この点をアメリカが認識しない限り真の反省とは言えない。

 さらに、「ノーモア・ヒロシマ」つまり核兵器廃絶にもつながらないだろう。言うまでも無く、水爆も含めた核兵器廃絶は最終的にはアメリカのみならず全人類の利益につながることだ。それは他ならぬアメリカの「原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)」が定期的に発表している「終末時計」にも示されている。

あわせて読みたい

関連記事

トピックス

趣里(左)の結婚発表に沈黙を貫く水谷豊(右=Getty Images)
趣里の結婚発表に沈黙を貫く水谷豊、父と娘の“絶妙な距離感” 周囲が気を揉む水谷監督映画での「初共演」への影響
週刊ポスト
日本復帰2戦目で初勝利を挙げたDeNAの藤浪晋太郎(時事通信フォト)
横浜DeNA・藤浪晋太郎を大事な局面で起用する三浦大輔監督のしたたかな戦略 相手ファンからブーイングを受ける“ヒール”がCSの行方を左右する
週刊ポスト
宮路拓馬・外務副大臣に“高額支出”の謎(時事通信フォト)
【スクープ】“石破首相の側近”宮路拓馬・外務副大臣が3年間で「地球24週分のガソリン代」を政治資金から支出 事務所は「政治活動にかかる経費」と主張
週刊ポスト
15人の大家族「うるしやま家」(公式HPより)
《ビッグダディと何が違う?》フジが深夜23時に“大家族モノ”を異例の6週連続放送 今、15人大家族「うるしやま家」が人気の背景 
NEWSポストセブン
自身のYouTubeで新居のルームツアー動画を公開した板野友美(YouTubeより)
《超高級バッグ90個ズラリ!》板野友美「家賃110万円マンション」「エルメス、シャネル」超絶な財力の源泉となった“経営するブランドのパワー” 専門家は「20~30代の支持」と指摘
NEWSポストセブン
高校ゴルフ界の名門・沖学園(福岡県博多区)の男子寮で起きた寮長による寮生らへの暴力行為が明らかになった(左上・HPより)
《お前ら今日中に殺すからな》ゴルフの名門・沖学園「解雇寮長の暴力事案」被害生徒の保護者らが告発、写真に残された“蹴り、殴打、首絞め”の傷跡と「仕置き部屋」の存在
NEWSポストセブン
濱田よしえ被告の凶行が明らかに(右は本人が2008年ごろ開設したHPより、現在削除済み、画像は一部編集部で加工しております)
「未成年の愛人を正常に戻すため、神のシステムを破壊する」占い師・濱田淑恵被告(63)が信者3人とともに入水自殺を決行した経緯【共謀した女性信者の公判で判明】
NEWSポストセブン
指定暴力団山口組総本部(時事通信フォト)
《外道の行い》六代目山口組が「特殊詐欺や闇バイト関与禁止」の厳守事項を通知した裏事情 ルールよりシノギを優先する現実“若いヤクザは仁義より金、任侠道は通じない”
NEWSポストセブン
志村けんさんが語っていた旅館への想い
《5年間空き家だった志村けんさんの豪邸が更地に》大手不動産会社に売却された土地の今後…実兄は「遺品は愛用していた帽子を持って帰っただけ」
NEWSポストセブン
自殺教唆の疑いで逮捕された濱田淑恵被告(62)
《信者の前で性交を見せつけ…》“自称・創造主”占い師の濱田淑恵被告(63)が男性信者2人に入水自殺を教唆、共謀した信者の裁判で明かされた「異様すぎる事件の経緯」
NEWSポストセブン
米インフルエンサー兼ラッパーのリル・テイ(Xより)
金髪ベビーフェイスの米インフルエンサー(18)が“一糸まとわぬ姿”公開で3時間で約1億5000万円の収益〈9時から5時まで働く女性は敗北者〉〈リルは金持ち、お前は泣き虫〉
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 岸田文雄が「闇将軍」になる亡国自民党ほか
「週刊ポスト」本日発売! 岸田文雄が「闇将軍」になる亡国自民党ほか
NEWSポストセブン