消去法で選ばれた岸田文雄総裁(佐藤)

 二〇二一年の総裁選に立候補したのは、岸田さん、高市早苗元総務大臣、河野太郎規制改革担当大臣、野田聖子幹事長代行の四人です(肩書は当時)。総裁選は、国会議員票(三八二票)と党員・党友票(三八二票)の計七六四票で争われました。

 この時、石破茂さん(元幹事長)は、小泉進次郎さん(安倍・菅内閣で環境大臣)とともに河野さんを支援しました。いわゆる「小石河連合」です。しかし、党の重鎮である安倍さんや麻生太郎さんは、石破さんを嫌っていました。特に安倍さんは、第一次内閣時代に参院選(第二一回参議院議員通常選挙。二〇〇七年七月二九日投開票)で歴史的大敗を喫した際、石破さんに退陣を迫られましたから、根深いルサンチマン(怨恨、遺恨)を抱いていたでしょう。

 だから総裁選では、「石破と連携していなければ誰でもいい」と安倍さんたちは考えたのではないか。つまり消去法です。当事者たちにとっては深刻な話ですが、国家・国民とはまったく関係のない次元で党内抗争が繰り広げられました。その抗争の結果が、岸田総裁を生み出したのだと思います。

 安倍さんは当初、高市さんを推していました。ただ、高市さんの支持勢力すなわち組織票は、佛所護念会教団(法華系の新宗教。会員数は約九六万人/文化庁『宗教年鑑』)と隊友会(自衛官のOB組織。会員数は正会員と賛助会員合計で約二二万人)くらいしかありません。ここは高市さんに一定期間、力を蓄えてもらい、彼女の持つ票を岸田さんに回す。そうすることで、安倍さんは自分の影響力を保全したのです。

 岸田さんはコロナ禍の時に党の政調会長(政務調査会長。二〇一七年八月~二〇二〇年九月)でしたが、給付金をめぐり失敗します。限定的に住民税非課税世帯へ三〇万円を給付するという案をまとめ、閣議決定まで通したものの、公明党の反対で一律一〇万円となりメンツを潰されました。

 また河井案里さんが公職選挙法違反で失脚(二〇二一年二月五日、有罪確定で当選無効)したあとの再選挙(参議院広島選挙区再選挙。二〇二一年四月二五日投開票)では、岸田さんは自民党広島県連会長として選挙を仕切りました。しかし擁立した新人候補の西田英範さんが、野党の推す宮口治子さん(立憲民主党・国民民主党・社民党推薦)に敗れてしまいます。岸田さんは自民党支持者を前に「心からお詫びする」と頭を下げました。

 率直に言えば、永田町では、岸田さんを“終わった政治家”とする見方が標準的でした。にもかかわらず、彼が総理総裁になれたのは、やはり安倍さんの権謀術数の賜物なのだと思います。

(後編に続く)

【プロフィール】
◆佐藤優(さとう・まさる)/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。

◆山口二郎(やまぐち・じろう)/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。

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