8月10日に史上初となる大会期間中の不祥事による出場辞退を発表した会見
「自らの言葉での謝罪会見を」
広陵高校は公式コメントで中井監督とA君のこのやり取りについて言及してこなかった。広陵高校に質問状を送付すると、このやり取りについて中井部長がその場に同席したコーチに確認したところ、「被害生徒保護者の主張する中井監督の発言について聞いておらず、主張される文言とおりのやりとりはありませんでした」と回答。ただ、その場でA君の規則違反について自覚を求める発言などがあったことから、保護者の主張する発言を否定せずに返信したと説明した。また、このやり取りの時点で学校は高野連に対して暴力事案を報告済みで、A君も中井監督も承知していたとし、「前後関係から見て、口止めをしようとする動機がない状況です」と説明した。
A君の父親はこう語る。
「他にも息子が寮に戻るにあたり『加害生徒と食事やお風呂の時間をずらす』という中井部長による約束は守られませんでした。さらに息子とは別の棟に移して隔離する約束だったはずの加害生徒のひとりが、隣の部屋に移ってきたという。加害生徒のなかには、息子に謝罪する選手もいたといいますが、加害生徒ではない上級生の中にも食堂で体当たりをしてきたり、風呂場で『クソがっ』と罵倒したりする人もいたと息子は言っています。暴行事件の報告書を提出し、2度と起こらないようにしっかり対策を協議し、速やかに保護者会を開いて改善策を提案すると中井部長は約束していたが、息子が野球部にいる間に開かれることはありませんでした」(A君の父親)
そうしたなかでA君は自主退学を決断した。両親にもうこれ以上、野球部にいることが難しく、「誰も信じられない」と告白。A君は「コーチ3人は、誰も中井監督を止めてくれなかった。コーチが監督を怖がって、顔色を窺って誰も守ってくれない」と話していたという。
また、A君の両親が7月11日に広島県高野連に連絡したところ、学校側から示された上述の報告書と、学校が県高野連に提出した報告書では加害者の人数など含め、内容が異なっていることもわかったという。堀校長は10日の会見になって、両親に示したのは「途中経過の報告」であるため、最終的な報告と内容が異なると釈明した。その点の事実関係も解明されるべきだが、そうした対応により不信が募ったことは確かだろう。
A君の父は改めてこう言った。
「これまで私たちは、中井監督や堀校長から謝罪を受けていません。中井監督には自らの言葉での謝罪会見を開いてほしい。息子のような事件が二度と起こらないことを願っています」
高校野球を取材していれば、部員同士トラブルというのは少なからず起こるものであり、全員が寮生活を送る広陵のような強豪校ではなおさらだ。そして、先輩から後輩に対する暴力や同級生同士のいざこざが起きた時こそ、指導者の力量が問われるというものだ。高野連への報告義務が伴うのが高校野球であるが、現在はよほどの事象でないかぎり、かつての部全体の連帯責任によって最後の夏が奪われる(大会出場を辞退する)ような最悪の事態となるケースは稀だ。だからこそ、指導者は問題が起きた時に適切に対処する手腕が求められ、隠蔽したり、実力のあるメンバーを厚遇するような対応をしてしまえば、それ以外の生徒や保護者から大きな反発を受ける。今回のケースもそれに該当するのではないだろうか。
出場辞退を公にした8月10日、広島に戻った中井部長に電話を幾度も入れたが反応はない。指導の自粛を言い渡されている中井監督も電話に出なかった。中井親子が口を開かぬ限り、事件が収束することはない。
♦︎取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)