婦人相學十躰・浮気之相(ColBase〈https://colbase.nich.go.jp/〉)
指づかいと視線
男女のあからさまな行為の描写がないにもかかわらずエロスを感じさせるのも歌麿ならではの特徴だという。
「描かれている女性のポーズや男のしぐさ、指づかいや視線などが、なんとも優雅で官能的で、これからの“行為”を妄想させます」
歌麿はどのようにして、これほどの性の描写力を身につけたのか。
「かなり吉原に入り浸っていた『遊蕩児』、いわば遊び人で、女性の機微を熟知していたことが背景にあるのでしょう。もちろん性の遍歴だけでなく、『画本虫撰(えほんむしえらみ)』といった精密な絵本で写生の大切さを学び、その後、美人画を通じて鋭い観察眼を養ってきたからこそ描くことができた世界。その才能を見抜き、育てた蔦重の功績も非常に大きいと思います」
歌麿が春画のなかに書き込んだ「書き入れ」(セリフ)も絶妙だったと永井氏はいう。例えば『願ひの糸ぐち』には、鏡台の前で髪を結う湯上がりの女房と、欲情する男のやりとりが書き込まれている。
女房「お前のような忙しねえものはねえ。まあ髪を結ってしまうまで待ちなよ」
亭主「いいわさ、髪を結ってしまつたらまたしようわさ。こう生えだしたまらを無駄にするも勿体ねえ」
女性のわずかな身支度の時間に興奮してしまう男性。そのあけすけな会話について「男女の日常の機微を切り取る優れた作家性があった」と永井氏は評する。
