心を揺さぶる馬(時事通信フォト)
本馬場入場の際、あまりの大歓声にヤエノムテキが名手・岡部幸雄を振り落とすというアクシデントがあった。波乱含みの幕開けとなった怪物のラストランで、大川は予想だにしない実況をすることになる。
「双眼鏡で見ていたら第4コーナー手前でオグリの鼻の穴が膨らんで、重心がぐっと下がった。久々に闘志が前面に出ていて、これは勝ったなという気がしたんです」
まだ先頭の4頭は横一線だったにもかかわらず、そこから大川の実況はほぼオグリキャップ一辺倒になる。「オグリ先頭に立つか」あるいは「オグリ先頭か」を6回、「オグリキャップ先頭」を6回、そしてゴール板を切ってからは「オグリ1着」をやはり6回連呼した。
場内を巡回していた小川はそのとき、上階のゴンドラ席にいた。
「もう人が多過ぎて、巡回できないんですよ。なので、上司に上から見ようと言われて。でも、レースになったら、そっちを見ちゃいましたね。JRA職員たちも無理だろうと思ってたんだけど、どこか勝って欲しくて。なので、勝った瞬間は上司と握手してました」
オグリキャップがウイニングランを始めると、西日を受けた中山競馬場に約18万人の「オ・グ・リ!」の大合唱が始まった。その間、大川は何度となく押し黙った。
「馬の名前がコールされたのって日本の競馬史上、初めてだと思うんです。その瞬間、18万人のコンサート会場になったような感じで。その雰囲気を届けたかったんです」
中山競馬場における17万7779人という入場者数記録と、「オグリコール」の記憶。それらは35年経った今も塗り替えられていない。
【プロフィール】
大川和彦(おおかわ・かずひこ)/1971年にフジテレビ入社。1970年代から1990年代前半にかけて、F1グランプリや競馬、プロ野球など、スポーツ実況を担当。
小川直也(おがわ・なおや)/1990年に日本中央競馬会に入会。1992年バルセロナ五輪柔道男子95キロ級で銀メダルを獲得。現在は小川道場で柔道指導者として活動。
取材・文/中村計
※週刊ポスト2025年12月26日号
