ショッピングセンター前でデモをする人々。プラカードには『私たちを助けて ミャンマーを救って 人道に対する罪を止めて』と書かれている。彼らが英語を使ったのは、SNSなどでこの様子を目にする海外の人に、何が起きているか気づいてもらうためだ。(2021年2月15日撮影)
戦争が唯一の希望へ変わっていった
そして感じたのは「みんな軍政や、民主化運動の経験者なんだなっていうこと」だ。
ミャンマーは1962年以降、実に50年以上に渡って軍が政治も経済も独占し、民主派をときに武力で押しつぶしてきた。しかし2011年から段階的に民主化が進み、2015年の総選挙ではアウンサンスーチー率いるNLDが圧勝。国際社会はこの民主化を後押ししようと経済制裁を解除する。投資を拡大し、一気に外資が流入。日本企業も大挙した。ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」とも呼ばれ、経済成長が急加速した。報道管制や、暗記するだけでものごとを考えさせない愚民化教育も改善され、本書に登場するひとりのミャンマー人が『僕らはようやく、歩き出したところだったんだ』と語っているが、そうした改革の真っ最中に2021年のクーデターは起きた。時計の針は逆戻りしてしまった。
しかし「自由」の空気を知ったミャンマー人たちは、したたかだった。暴力的な抵抗をすれば武力弾圧されて負けることは過去の経験からわかっているからと非暴力・不服従を徹底し、軍の非道も柳のようにしなやかにやりすごす。
「例えば私が軍の理不尽な政策にすごく怒って、『こんなことは信じられない、最悪だ』って同僚に言っても、『まあまあ、こんなことは昔もあったよ。そういうときは早く寝ようぜ』って夕方に寝たりするんですよ」(西方さん)
そして目が覚めれば、また“非暴力の戦い”に向かう。運動の武器となったのはSNS、とりわけフェイスブックだ。
「自分たちを鼓舞するような言葉が、キーボードファイターを名乗る人たちによってシェアされて、どんどん拡散していくんです」(西方さん)
鍋叩きなど平和的デモの呼びかけ、軍の発砲が起きている現場の状況などが刻々と共有され、デジタルネイティブの世代によって世界へと伝えられていく。だから人々はプラカードにミャンマー語ではなく英語を使って訴えたのだ。
しかし、軍は非情だった。不当逮捕や拷問、虐殺、平和的デモへの銃撃、メディアのライセンス剥奪、ネットの遮断、地方では空爆をひんぱんに行った。結果、市民は銃を取らざるを得なくなった。
「あれだけきれいに、心をひとつにして正々堂々と非暴力・不服従を続けていたのに、それが結局、何にもならなかった。ただおおぜいの人が弾圧され、殺されていくばかりだった。だんだんと戦争に切り替わっていって、それが唯一の希望になってしまった」(西方さん)
ミャンマー人たちに武器を取らせたのは、軍の横暴だけではない。そこは果たしてどんな理由があったのか。これがタイトルにもなっている、本書の大きな問いかけだ。
