”韓国風メイク”の八田容疑者(SNSより)
「母親は女手ひとつで一生懸命に與一を育てた」
八田容疑者は石川県生まれ。青年時代のほとんどを母方の祖父宅で過ごし、成人後はリゾートバイトをするなど各地を転々として過ごしていた。すでに亡くなった容疑者の祖父はかつて、孫の生育環境についてこう話していた。
「父親は早くにがんで亡くなりました。だから母親は女手ひとつで一生懸命に與一を育てた。『手に職をつけないといけないから』と、専門学校にも通って資格を取ったんです。
途中で転校するといじめに遭うかもしれないと心配して、中学は初めからうちの近くの学校にした。それから10年以上はここで暮らしていました」
全国を転々としていた八田容疑者だが、2021年には当時母親が住んでいた大分県に移住している。前出の祖父いわく、母親は事件当日も八田容疑者に会っていた。そして、事件直後には息子をかばうような様子もみせたという。
「あの頃、與一は会社の試用期間が空ける時期だった。でも本採用が決まるかどうかというときにコロナに罹ってしまってね……。事件が起きたのは、それが治ったあと。
(事件)当日も母親が與一に会っているんですが、『コロナの後遺症のせいか、フラフラだった』と聞いています」(同前)
おととし夏、「ABEMA NEWS」ではこの母親が事件で亡くなった当時大学生の遺族に「覚悟を決めて責任を取っていく」「一生懸命(八田容疑者を)育ててきた」などと書かれた“謝罪文”を宛てたことが報じられている。番組内で遺族はこの手紙に対し、二度にわたり返事をしたと語っているが、母親からの応答はなし。やり取りは一方的なもので、連絡は途絶えたと伝えられた。
事件後、一度も表に立てこなかった八田容疑者の母親はいまなにを思うのか。NEWSポストセブンは2025年12月中旬、大分県内にいる彼女に直撃を試みた。
