杉山響子さん/『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』
【著者インタビュー】杉山響子さん/『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』/小学館/1870円
【本の内容】
《今回、私は私が知る母のすべてを書こうと思った。こんちくしょう! むかつくわ! そう思ったのならそう書いたっていい、私は腹をくくった。母の気に障ろうがケンカになろうが関係ない。私は母自身が忘れてしまった母を覚えているのだ。それを書く》(「あとがき」より)。大ベストセラー『九十歳。何がめでたい』など愛読者の多い愛子センセイは家庭ではどんな母親だったのか。大切な思い出をどんどん忘れていく母と過ごしたかけがえのない時間を愛情と哀切たっぷりに綴った傑作エッセイ集。
母が、だんだん自分の知っている母ではなくなっていく
『憤怒の人』の著者は佐藤愛子さんの読者にはおなじみの、一人娘の杉山響子さんである。
響子さんが母について書きたいと思ったのは、102歳になった佐藤さんの老いとアルツハイマー型認知症がきっかけだった。
「母が、だんだん自分の知っている母ではなくなっていくんです。打てば響く、あの話の面白い佐藤愛子がという思いがありました。私たち2人の記憶はたくさんあって、もし母が死んだらそれは私だけの記憶になってしまうし、私がボケたら、この世から消えてしまう。そうなる前に書き残しておきたいと思ったんです」
響子さんと佐藤さんは東京・世田谷の二世帯住宅で暮らしていたが、佐藤さんの認知症が徐々に深刻になり、監禁されているという妄想が始まって、家族による介護は難しくなる。施設でのショートステイをへて都内の有料老人ホームに移ったことなども本には書かれている。
「書き終えてまず思ったのは、『おふくろさんがどう思うかな』でした。母が世間に見せたい自分というのは、強くて、いろんなことにこだわらず、泰然自若としている佐藤愛子です。
私が書いたのはそれとは違っているかもしれない。生々しい現実を書くと長年の読者をがっかりさせるかもしれないけど、でもやっぱり、年をとって衰えることも含めての佐藤愛子の人生なんだから、そういう部分も書かなければと思いました」
認知症が始まってからの佐藤さんは、響子さんを亡くなった姉の早苗さんと混同することもあった。
「顔の横で小さく手招きして『ねえちゃん』と私を呼ぶんです。見たことのないしぐさで、いま思うと『小さなアイちゃん』に戻ってたんだろうなと思います。自分と母とのあいだの隙間があいていく感じがあって、逆にそれで客観的に見ることもできた気がします」
何か書いてくれと頼まれると佐藤さんは、戦争孤児のためのエリザベス・サンダース・ホームをつくった澤田美喜の「人生は美しいことだけ憶えていればいい」という言葉を書いていた。そういう意味では、美しいことだけでなく、美しくないことも、まるごと書き留めておこうという意志にもとづき書かれた本である。
タイトルにもなった「憤怒」は佐藤さんの人となりを表す象徴的な言葉だが、本を読むと、そばにいる家族はさぞ大変だっただろうと改めて思わされる。
響子さんは、佐藤さんの怒りを、
「火山が噴火するように怒りのマグマが溜まったら怒る」のだとみる。怒ってから、怒りの正当な理由を探すということになる。
「何も理由がないのに、『あんた、何が気に食わないのよ』って私に食ってかかるのはもうしょっちゅうですよ。そういうときは、いま怒りたいんだろうな、と思ってやりすごしていました。しばらくすると、『なんで私あんなに怒ってたんだろうね』って言うんだけど、知るわけないじゃないですか。怒ると血のめぐりが良くなって、活性化するんでしょうね」
母の弱いところや面倒なところも書くが、非難はしないように心がけていたそうだ。
「人を非難するときって、どうしても上から目線になるじゃないですか。上からでも下からでもなく、スナップ写真を文字にするみたいに書こうと思っていました」
