工藤公康氏(左)×山本昌氏のレジェンド左腕対談(撮影/藤岡雅樹)
プロ野球の厳しい世界で約30年にわたり現役の最前線で戦った2人の左腕──工藤公康氏(62)と山本昌氏(60)の経歴はまさに“レジェンド”と呼ぶに相応しい。なぜこれほどの長きにわたり現役を続けられたのか、科学的データを活用する現代野球はその目にどう映るのか。熱く語り合った。【全3回の第1回】
肘が痛い時に腕立て伏せ
工藤:今は多角的に分析できるトレーニングコーチが指導してくれるなど恵まれた環境だけど、昔のトレーニングコーチって学生時代に長距離を走っていた人とかが漫然とやっていた感じだよな。
山本:はい。コンディショニングコーチもいなかったですし、トレーニングって言っても走るだけ。ウエイトもなかった。
工藤:そもそもウエイト場がないんだもん。キャンプの時、一応ビニールテントの下にベンチプレスとダンベルが転がってるだけで、みんな素通り。でも、走る量は今の倍はあったね。
山本:いや、倍じゃきかないですよ。おかしいぐらい走ってましたから。
〈通算224勝の工藤氏は1982年に西武でデビュー後、ダイエー、巨人などを渡り歩き、11度の日本一に貢献して「優勝請負人」と呼ばれた。2011年の引退時は48歳。一方の山本氏は1984年から中日一筋で通算219勝をあげた。41歳でのノーヒットノーランを含め、数々の最年長記録を有し、2015年に50歳で引退している。驚異的なキャリアの2人は確かな理論がないなかでも、自ら考え抜いて鍛錬を重ねたと振り返る。〉
工藤:当然、俺らの時代のほうが走る量や投げる量は多かったけど、今の若い子のほうがダンベルやベンチプレスをガンガン上げられるよね。まあ、俺はダンベル120キロ上げてたけど。
山本:僕はいつもローテーション間には60キロ15回3セットを必ず一度やってました。
工藤:おお、偉い!
山本:あと、寝る前の手首強化だけは高2から引退前日までずーっとやりましたね。2キロの重りを持って手首を上下に動かす。テレビを見ながらでも左右200回ずつやって寝るのを習慣にしてました。カバンにいつも2キロの重りを入れていたから、道具係の人にいつも「おめぇのカバン重てぇな」と言われてました。
工藤:昔、江夏(豊)さんが肘を痛めた時に“腕立てやって治した”って聞いたことがあって、痛い時に痛いことをやる逆療法をやったことがある。肘が痛い時に腕立てをすると、最初はやっぱり痛いんだけど、痛みが和らいでくる。腕立てのおかげかわかんないけど、痛みが取れたのは本当。
山本:腕立ては僕もしてました。今と何が違うかっていったら、必ず練習の終わりに腹筋背筋があったでしょ。今はやらないですよね。
工藤:そう、何百回とやらされた。先人たちがやっていたのもあってランニングの終わりにやってた。今思えば、ランニングの前にやって体幹をしっかりして走ったほうがより鍛えられるんだけどね。
