「田畑麦彦に会いたいなぁ」の言葉ちょっと衝撃だった
響子さんが「困ったお母さん」というエッセイの依頼を受けたとき、佐藤さんが原稿を読んで全面的に書き直し、「やっぱり私はウマイねぇ」と満足していたというエピソードが出てくる。淡々と書かれているが、これはなかなかしんどかったのではないか。
「結構、プライドはへし折られてズタズタになりましたね。母は自分の気に入らない文章は直したくなるんです。30年以上、小説を書いては送ってくる人がいて、『なんべん言ったらわかるのよ! もう書くのやめなさいよ!』って遠くの人が振り返るぐらいの大声で怒鳴るんですけど、相手の人は『前回も叱られました』ってケラケラ笑ってて、ある意味、いい組み合わせなんじゃないかと思ったことがあります」
生まれてからこのかた、響子さんの人生は折に触れ、佐藤さんの作品に書かれてきた。
なかには書いてほしくなかったこともある。高校3年生のとき、がまんにがまんを重ねた響子さんが、「あれは書かないでほしかった」と言ったことがあったそうだ。
「友だちのことも勝手に書かれていたので『なんなんだこれは』と言ったら、『じゃあ7万円出す』って。7万円くれて、お詫びにその子にもおごりましたよ。それで終了。学費も生活費も、なんでも母の原稿料から出ていると思うとそれ以上は強く言えませんでした。
その後は、母が『なんか面白いことないかね』と言ってきても、『ないね』で終わるように(笑い)。向こうは私が大人になって面白くなくなったと思ってるかもしれないけど、こちらが情報を漏洩しなくなっただけです」
本の中で、佐藤さんが「田畑麦彦に会いたいなぁ」と言った、と書かれていて驚いた。田畑麦彦は佐藤さんの離婚した夫で響子さんの父、事業の失敗で佐藤さんに多額の借金を背負わせた人物である。
「私にもちょっと衝撃でした。元気なときは『あんたのお父さんには参ったよ』しか言わなかったのに。たぶん自分が置かれている現状がわからなくなって、なんとかわかりたいと思ったとき、あの理屈屋で、論理的に話す田畑麦彦だったら自分が納得できるように話してくれるという期待があって恋しくなったんだと思います」
【プロフィール】
杉山響子(すぎやま・きょうこ)/1960年東京生まれ。『戦いすんで日が暮れて』『血脈』『九十歳。何がめでたい』などで知られる直木賞作家・佐藤愛子を母に、「嬰へ短調」で文藝賞を受賞した作家・田畑麦彦を父にもち、幼少期に両親の離婚を経験。1989年に結婚し1991年に桃子を出産。愛子センセイとは長年ひとつ屋根の下で暮らす。著書に『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』がある。2024年に公開された映画『九十歳。何がめでたい』では響子さん役を真矢ミキさんが演じた。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2026年1月29日号