東京博善の持つ都内最大級の火葬場・桐ヶ谷斎場(写真/AFLO)
錚々たるプレイヤーによって東京博善が資本市場のなかで奪い合われる存在になったのは、火葬場が持つケガレの概念が消えて「普通の会社」になったことの証だった。
最終的に争奪戦を制したのが羅だったのは、売り抜けて終わりのファンドではなく、彼が実業家だったからだろう。元々、中国人である羅には日本の死穢観がない。“優良企業なのに、なぜ誰も手を出さないのか”と名乗りを上げて、買収後は自ら東京博善を運営するつもりだった。
実際、私の取材に対し、羅は購入動機について、
「買ったのは経済合理性によるものです。単純に株価が安く、いい投資先でした。私は広済堂の経営者であり、火葬に依存しないビジネスモデルを考えています」
と語った。
その後、羅は東京博善の事業領域を広げて、収益性を上げることに努めた。なかでも葬儀業への参入は、火葬場専業からの脱却だった。
羅は、前述の櫻井によって式場も備えた東京博善を葬儀全般まで引き受ける一気通貫のサービスを提供できる会社にして、葬儀後の相続対策などもサポートする体制を築き、さらなる収益拡大の道筋をつけたのである。
羅からすれば、昨今の火葬料の値上げも経済合理性を追うなかでの当然の帰結なのだろう。燃料代が高騰しているのだから値上げは必要だというシンプルな発想である。
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第3回記事【《簡素化し続ける“葬儀と墓”の歴史》バブル崩壊後に進んだ日本社会の「無縁化」、中国人実業家が進めた「経済合理性に則った火葬場ビジネス」】では、葬儀や墓に対する日本人の意識の変化や、それに伴って広済堂HDが崩した「火葬ビジネス界の予定調和」について解説している。
(第3回につづく)
取材・文/伊藤博敏(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2026年1月30日号
