1990年代から簡素化していった“葬儀と墓”(イメージ)
多死社会が到来するなか、火葬の在り方に変化が起きている。都内で火葬場を運営する民間企業「東京博善」は都内の火葬ビジネス市場をほぼ独占し、近年は同社が提供する火葬場の価格高騰に関する批判も上がっている。
1887年創業という長い歴史を持つ東京博善。現在の親会社である広済堂ホールディングスの経営権は、中国人実業家・羅怡文に渡っている。同社の運営の背景には、葬儀や墓に対する日本人の意識の変化があった。『火葬秘史 骨になるまで』(小学館)を上梓したジャーナリストの伊藤博敏氏が、火葬ビジネスの裏面史を明かす(一部敬称略)。【全3回の第3回】
「縁」から「個」へ
火葬場が近代化していく一方、1990年代から葬儀と墓は簡素化していった。
日本では経済成長とともに通夜と告別式で参列者の数を競う壮大な葬儀が好まれた。そしてバブル時代には郊外の霊園に墓を求める「霊園ツアー」も盛んになった。
だが、バブル崩壊後に日本で本格化した新自由主義が社会を変えた。「縁」を切ってしがらみを脱する「個」の自由化は「無縁化」の進行につながった。「社縁」、「地縁」が薄れるだけでなく、少子高齢化や核家族化、未婚率の増加などによって、最後のよりどころである「血縁」も薄らいだ。
無縁化が進んだ結果、葬儀は小規模化し、身内だけの「家族葬」や通夜なしの「一日葬」が一般化し、火葬場で焼骨するだけの「直葬」も増加。それで葬儀の簡略化はできても、火葬場を使うことには変わりがない。
実は、広済堂HDによる葬儀業進出は、その優位性を生かすものだった。葬儀は長く僧侶と葬儀業界と火葬場が、葬儀を執り行なう喪家に対して「三位一体」のサービスを提供してきた。広済堂HDは、その互いの領分を犯さずに収益を分け合う「予定調和の世界」を、経済合理性によって崩したのである。
