広済堂ホールディングスのトップに立った中国人実業家の羅怡文氏(時事通信フォト)
その経済合理性と無縁社会は、墓の簡素化も進行させた。墓石の一般墓は急激に減り、安価で便利な樹木葬、納骨堂などのように「遺骨を仕舞う場所」は多様化した。
皮肉なことに、東京博善の創設者である木村荘平の港区高輪にあった墓も2023年に「墓じまい」され、子供や愛人たちの遺骨も木村とともに合葬墓に移された。これはまさに無縁化を象徴する出来事といえるだろう。
今後、さらに「縁」が薄れていけば、やがて要らなくなった遺骸をゴミ収集車が持っていくことにもなりかねない。
だが、遺体は処理するものではなく弔うもので、故人を哀悼する葬儀によって人の尊厳は保たれ、手を合わせる墓を確保することで生きてきた証は後世に残せる。
そのことを私は昨年、今回の「火葬と葬儀」の取材を後押ししてくれた編集者の森田祐介氏(『女性セブン』編集長)が若くして急逝したことで実感した。先日、森田氏が眠る滋賀県の菩提寺の墓前で手を合わせ、彼との交友に思いを馳せることができた。故人は偲ぶ人たちの心の中で生き続けると思っている。
